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誌上ディベート

脳はグルコースしか使えないか?

高田明和太田成男

アンチ・エイジング医学 Vol.7 No.2, 69-78, 2011

 今回はエイジング研究の本質にも迫るとっても大切なバトルである。学生時代の生理学の授業で「脳はグルコースをエネルギー源として使う」ことを習ってから,これを金科玉条として思ってきた。血糖が下がって意識を失い死に至ることもあり,糖は脳にとって大切であることは間違いない。「脳はグルコースしかエネルギー源として使えない」と論陣を張るのは,個人的に大変尊敬している大学の大先輩の高田明和先生だ。高田先生は70歳を超えてからも精力的に活躍され,たくさんの本を書かれて,まさにアンチエイジングの具現者である。ただ,高田先生が「グルコースは脳に大切なので,勉強する子供には甘いものを与えよう」とおっしゃるたびに違和感を覚えたのも事実である。そこに,日本ミトコンドリア学会理事長の太田成男先生が挑戦される。脳はケトン体を使うことができる!これはカロリーリストリクション信奉者としては大変納得できる理論だ。とはいえ,高田先生が書かれているように,甘さは人生に必要な気が多いにする。Life is short, if sweet.ではあっても簡単には割り切れない問題だ。

(慶應義塾大学医学部眼科学教室教授,アンチ・エイジング医学編集委員長) 坪田 一男

脳にグルコースを摂るべき

はじめに

 学生時代,内科の授業で教授は「糖尿病の人がインスリンを投与され,運動をすると血糖値が急に下がり,意識を失うことがある。欧米ではこのような危険のある人は胸にカードをぶら下げており,そこには『もし,私が倒れていたら,ポケットにある飴をしゃぶらさせてください』と書かれている」と話していた。このことは,脳にはブドウ糖が絶対に必要であり,もし供給が激減すると意識を失い,その回復には砂糖のような吸収のよいブドウ糖を含む食べ物を与えるしかないことを印象づけるものであった。
 2010年8月に小学2,3,5年生の孫を連れて中国の北京に旅行した。2日目に2年生の孫がバスの中で言うことを聞かなくなった。何か食べるかと言っても食べない。天安門広場では動くのも嫌だと言い出した。普通のわがままとは違う。ちょうどアイスクリームを売っていたので,チョコレートアイスを与えると,食べてすぐに急に機嫌がよくなり,元気に動き出したのである。
 砂糖などの脳と栄養のことを研究し,脳はブドウ糖以外にエネルギー源を使えないといつも主張しているのに,自分の孫の血糖値が下がって具合が悪くなったということに気がつかなかったのは迂闊であった。中国では飴などの甘いものが食事に出てこないので,子供はブドウ糖の補給がうまくゆかなくなるのである。
 さらに,同年10月21日の読売新聞にプロレスラーのアントニオ猪木さんの体験談が載っていた。彼は参議院議員になった頃から血糖値が高くなった。あるときレストランに向かう車の中でインスリンを投与したところ,冷や汗やめまいなどの低血糖の症状が出た。コーヒーショップでもらったシロップでやっとしのいだと述べている。

甘いものは喜びを与える

 味覚と脳の研究で先駆的な仕事をしたのは,米国ミシガン大学のケント・ベリッジ1)である。彼は,生まれたばかりのラットなどにいろいろな味の液体を与えて行動を調べた。すると,甘いものを与えるともっと飲みたがり,さらに飲んだ後でゆったりした感じで眠るが,キニンなど苦いものを与えると嫌がるうなり声を出し,飲んだものを吐き出そうとし,口の周りを足の指で擦るなどという行為を示すことをみつけた。これはヒトの赤ちゃんでもみられる行動である。赤ちゃんは砂糖を与えると吸い込もうとし,顔の筋肉を緩め,さらに摂取後眠りに入るのである。苦いものを与えると口から吐き出し,拒否の声を上げる。
 彼は,舌からの味を伝える神経や顔面神経,舌咽神経が,脳内の快感を感ずる側坐核などを刺激し,ドーパミンを出させ,動物を元気にし,喜びを感じさせることをみつけた。さらに,脳幹の中脳水道周囲核という部分からいわゆる“ 脳内麻薬” のβエンドルフィンを出させ,これも快感をもたらすことをみつけたのだ。
 一方,苦いものやしょっぱいものは不快を与える島(insula)や扁桃などを刺激し,不快を示す行動をとらせることが示された。つまり,甘いものや砂糖などは吸収される前に舌の味蕾の神経を刺激し,摂取した者に喜びを与えるのである(図1)。

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