ADモデル
自然発症ADマウスモデル:NC/Tnd マウス その発見と応用
A spontaneous model for human atopic dermatitis:History and practical use of NC/Tnd mice
皮膚アレルギーフロンティア Vol.9 No.1, 7-11, 2011
要 約
NC/Tndマウスは近交系であり,アトピー性皮膚炎を自然発症する.本マウスは飼育環境に依存して皮膚炎を発症するが,その病理組織学的特性ならびにIgE高産生など,病状は患者の場合と酷似している.現在までにIL-4をはじめとするいくつかのトランスジェニックマウスが皮膚炎を発症したことからアトピー性皮膚炎のモデルとして報告されてきたが,そもそも本疾患の発症には複数の内因性因子や環境因子などが複雑に関与することが判明しており,単一遺伝子だけでは本疾患の全体を説明できない.その点において,NC/Tndマウスはアトピー性皮膚炎の病態解明に重要な情報を提供しているだけではなく,薬効評価用としても有用である.
KEY WORDS
アトピー性皮膚炎/IgE/マスト細胞/TSLP/擦過行動解析
マスト細胞
結合組織に広く分布するマスト細胞は,アレルギー反応だけでなく,自然免疫に深く関与する.活性化により放出される起炎性物質は,多種の炎症細胞や神経を刺激し,アレルギー症状惹起に深く関与する細胞の一種である.
擦過行動解析
かゆみはアレルギー疾患の代表的症状のひとつであり,その制御機構の解明はアレルギー反応の病態解析上重要である.そのためには,より正確な測定ツールが必要となる.最近開発された画像処理組み込み型高速カメラを用いた次世代型擦過行動定量化システムは有用である.
1 アトピー性皮膚炎モデルの選定にあたって
アレルギー性疾患としては,Ⅰ型(即時型過敏症),Ⅱ型(自己免疫性疾患),Ⅲ型(免疫複合体病),およびⅣ型アレルギー反応(遅延型過敏症)をしっかり分けて理解する必要がある.とくに創薬のターゲットとして重要視されるアレルギー性疾患としては,Ⅰ型アレルギー反応に依存する喘息・花粉症や,Ⅰ~Ⅳ型のアレルギー反応が複雑に混在するアトピー性皮膚炎(atopic dermatitis;AD)が挙げられる.
日本皮膚科学会の「アトピー性皮膚炎の定義・診断基準」によれば,「ADとは増悪,寛解をくり返す,瘙痒のある湿疹を主病変とする疾患であり,患者の多くはアトピー素因をもつ」とされている.アトピー素因とは,家族歴,既往歴(気管支喘息,アレルギー性鼻炎,結膜炎,ADのうちのいずれか,あるいは複数の疾患),またはIgE抗体を産生しやすい素因のことを指す.さらに,ADはハウスダストのようななんらかの環境要因あるいはストレスにより増悪化する.
ADには,幼少期に発症し,成人になるに従い症状が改善する小児型と,成人に発症し治療の難しい成人型がある.乳幼児は概して皮膚バリア機能が不完全であるが,アトピー素因をもつ場合,さまざまな刺激が加わって症状が出現する.これを小児ADという.小児ADは1歳前に発症することが多く,0~1歳までは食物アレルギーが症状をより悪化させる原因になることがある.原因になる食物としては,卵,牛乳,小麦,大豆などが代表的であるが,食物アレルギーとADは決してイコールではない.特定の食物を除外することで改善する症状は食物アレルギーであり,食物アレルギーとADを混同して論じることは避けるべきである.したがって,やみくもな食事制限は栄養障害を起こす危険性があるので,適切な検査に基づく慎重な判断が重要とされている.思春期には自然治癒することもある小児ADに対して,乾燥による敏感肌にアトピー素因が重なって発症する慢性の皮膚炎である成人型ADは,病態が一層複雑でコントロールがきわめて難しい.20年前くらいから,思春期に一旦良くなった皮膚炎が20歳前後になって再び悪化する,思春期になっても治癒しない,さらに成人になってもADが続く患者が増加している.成人型ADでは,さまざまな抗原と反応する血中IgEが検出され,治療への抵抗性も高い.治療には保湿剤やステロイド軟膏などが使用されるが,それら軟膏の基剤が知らず知らずに接触皮膚炎を惹起し,病態を一層複雑化してしまうことがある.また,慢性化に伴い,自己抗原に反応する自己抗体が産生され,病態がさらに増悪化する場合もある.すなわちADとは,遺伝的素因と環境因子などの複雑な要因によって惹起される皮膚病変であり,さまざまなアレルギー反応が連鎖するため,その病態や経過は患者によりさまざまである.
有効な治療薬の開発には疾患モデルの上手な使用が必須であるが,そのためには上記のような疾患の定義と実態をよく知り,疾患モデル動物が何をどこまで再現するモデルであるのか,その長所と短所を熟知することが重要である.ADが遺伝的素因に基づく疾患であることを考慮すると,マウスモデルは有用であるし,遺伝子操作や治療のトライアルが容易にできる点も利点である.一方で,マウスの皮膚の構造はヒトとは異なっている点もあり,免疫系細胞の動態にも違いがある.イヌの自然発症ADは有望なモデル系であると考えられるが,遺伝的背景の不均一性や取り扱いの難しさが短所である.研究者にとってどのようなモデルを選択するかが実験の正否を決めるといっても過言ではないため,疾患モデルの選択には慎重を期す必要があり,要はマウスもイヌも,状況に応じてうまく使い分けることが重要であろう.
記事本文はM-Review会員のみお読みいただけます。
M-Review会員にご登録いただくと、会員限定コンテンツの閲覧やメールマガジンなど様々な情報サービスをご利用いただけます。
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。