生物学的製剤によるRA治療の進歩と関節評価
石黒 本日は,全国各地方で関節リウマチ(rheumatoid arthritis;RA)診療に力を入れておられる整形外科医の先生方にお集まりいただきました.早いもので,RA診療に大きなインパクトを与えた生物学的製剤が発売されてから10年が経過しました.この10年間のRA診療を総括し,最後に将来展望までお話をしていきたいと思います.
出席者 (司会以外は五十音順)
石黒直樹 Ishiguro Naoki(司会)
名古屋大学大学院医学系研究科総合医学専攻運動・形態外科学講座
整形外科学教授
西田圭一郎 Nishida Keiichiro
岡山大学大学院医歯薬総合研究科人体構成学分野准教授
橋本 淳 Hashimoto Jun
独立行政法人 国立病院機構大阪南医療センター免疫疾患センター部長
宮原寿明 Miyahara Hisaaki
独立行政法人 国立病院機構九州医療センターリウマチ・膠原病センター部長
桃原茂樹 Momohara Shigeki
東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター整形外科教授
生物学的製剤によるRA治療の進歩と関節評価(続き)
石黒 まず,生物学的製剤の登場により,治療がどのように変わったか,また関節評価,とくに画像による診断技術やその重要性はどのように変化したのか,先生方のお考えをお聞かせいただけますでしょうか.
西田 やはり一番の変化はRAが薬物治療でも改善し得る疾患になったことだと思います.それに伴い新しい画像評価が行われるようになり,また手術も変化してきました.生物学的製剤の導入により,早期診断,早期治療を行わなければいけないという治療戦略が生まれ(図1),また薬物治療の効果判定のためにも,画像評価が非常に重要な位置づけとなってきました(表1).
宮原 以前から薬物療法ではメトトレキサート(MTX)が使われていましたが,使える量が少なかったために関節破壊が進行し,手術に至る症例が多かったわけです.それが生物学的製剤の登場と早期診断・治療開始によって関節破壊の進行遅延・防止が可能となり,手術をせずに済む可能性が出てきました.そのため,画像評価では,関節破壊が起こる前の早期診断以外に,早期治療開始後の関節破壊抑制効果を経時的に確認するという目的も加わってきたと思います.
石黒 治療環境が進歩し,関節破壊の防止が可能となると,画像評価の正確性が重要になってきたともいえますね.
西田 生物学的製剤が使用される前は,どの程度関節破壊が進行しているのか,あるいは変わらないかをみるのがX線画像診断の目的であり,整形外科医はそのなかで手術適応の判断ができればよかったわけですが,今は「薬効評価」を含めて求められるものが変化してきたと感じています.
橋本 薬物治療が進歩し,画像評価の価値が上がったことで,整形外科医は以前よりもX線画像を詳細にみるようになり,結果として医療の質の向上につながったと思います.また現在では,超音波やMRIなど画像診断技術の進歩によって,病勢の評価も行われる,という流れになりました.
桃原 軟骨の状態や骨髄浮腫の所見などが病態と関係することがわかったため,超音波やMRIなどを診断に取り入れて,状態をさらに詳細に把握する必要が出てきたと思います.
橋本 画像評価は,現在の病勢を把握するための超音波やMRIと,過去の病勢も含めた積分値である構造破壊や骨密度低下をみるものの2つに分けられます.この2つは質の異なるものであり,どちらか片方で済むわけではなく,それぞれ独立した指標として評価しなければいけないと考えています.そしてX線による最終的な構造破壊の画像評価と,現時点の運動機能障害とを,さらにリンクさせてとらえる必要があります.X線画像上で認められた関節破壊が,すべて機能障害につながるわけではありません.一方で,運動機能障害に大きく影響する画像上の変化もあります.これら両者を総合的・有機的にとらえることが大切だと思います.
石黒 構造的な関節破壊と病勢とは別の問題ということですね.橋本先生のお話のとおり,何を診断指標にするのかは非常に重要だと思います.
桃原 超音波とMRIが有用な手段であることに異論はないと思いますが,超音波はテクニックを要しますし,再現性の問題など,どうしても施設間で差が出てしまいます.数値化が困難なので,その点は今後克服しなければならない問題だと考えています.今は,さまざまな方法を組み合わせて評価につなげる姿勢が必要ではないかと思います.
宮原 画像評価にあたって一番大切なことは,画像が示す関節機能障害の程度を把握することですが,ややもすると病勢の把握のみにとどまって,当該関節のもたらす機能障害を見逃してしまいがちです.
石黒 そうですね.ただちに機能障害をきたさない関節と,悪化がすぐにADLに影響する関節があります.そのような関節ごとの重みづけを考慮したうえで,重要な関節については厳密な関節評価をすべきですね.
QOLの評価
石黒 QOLの評価については,先生方はどのようにお考えでしょうか.
桃原 薬物治療で病勢をコントロールできなかった時代には,炎症状態を28関節で評価するDASで対応が可能でした.しかし治療成績が上がった現在では,たとえば寛解に達した場合は44関節をみるなど,もっと詳細に関節をみて病勢を評価することが必要です.さらにQOLの評価としてのHAQは1980年以前に作成されたものであり,治療が進んだ現在ではよりきめ細やかな評価法が求められていると思います.
西田 生物学的製剤が使われるようになり,以前のように重症の患者さんではなく,比較的軽症の患者さんが増えているように思います.HAQは重症RAの機能障害をみるのには適していますが,軽症RAの詳細をとらえるのには向いていないと思います.中等症から軽症に改善した場合の,わずかな身体機能の改善や,手術後の手足の小関節などをみるためには,もっときめ細かな機能評価法が必要だと考えています.
石黒 たとえば,上肢の機能を評価する指標としてはDASHなどがありますね.
西田 DASHは術前後の効果判定において,鋭敏に反応する評価法だと思います(図2).
宮原 上肢と違って,下肢機能の評価は難しいですね.今の患者さんが術後に求める機能はきわめて高いレベルにありますので,現状の下肢機能評価法では不十分ではないでしょうか.画像評価においても,手,足だけでなく肩,肘,股,膝などの関節ももっと評価すべきだと思います.
橋本 画像評価と機能評価は,リンクさせてとらえるべきでしょうね.
石黒 患者さんの求めるニーズがRAではない人と変わらなくなっているなかで,今までとは総合的ADL評価の軸が変わってきているということですね.
生物学的製剤が手術に与えた影響
・手術件数の変化
石黒 続いて,生物学的製剤がRA手術にどう影響したかについておうかがいしたいと思います.桃原先生からお願いします.
桃原 当センターでは,滑膜切除の適応件数が明らかに減少しました.薬物治療により,滑膜の炎症をコントロールできるようになったからだと考えています.
そのためRA患者さんの手術件数は一時的に減少したのですが,ここ数年は増えてきています.人工膝関節置換術(TKA)はやや減少していますが,一方で手指や足趾の変形に対する手術が増えています.
西田 当院の2004~2012年の手術件数の推移をみると,2007年にやや減少し,その後また増加しています.生物学的製剤を使っている患者さんの割合はおよそ3人に1人で,増加傾向にあります.
石黒 宮原先生のところはいかがでしょうか.
宮原 一昨年までのデータですが,RA関連の手術は年間200例弱で推移しています.滑膜切除は著減,人工関節も減少しており,関節形成術などが増加しています.
石黒 人工膝関節置換術(TKA)は減っていますか.
宮原 変形性関節症(OA)のTKAは非常に多く,年々増加していますが,RAのTKAは減ってきています.既存の関節破壊がOA化して,手術までの期間を延ばせるような例が増えているのだと思います.また,これまではRAの症状にマスクされてあまり積極的に治療されてこなかった腰部脊柱管狭窄症(lumbar spinal canal stenosis;LCS)や腰椎変性側弯症に対する手術も増えてきています.
石黒 興味深いデータですね.
・手術治療に対するニーズの変化
石黒 大関節の手術が減っている一方で,足部やLCSの手術が増えているのは,運動能力が高くなったからこそ症状が出て,手術に至る例が増えているということでしょうか.
宮原 そういう面はあるでしょう.非RAの高齢の患者さんの歩行障害の原因で最も多いのはLCS,次いで膝OAであり,RA患者さんでもLCSは非常に多いと感じます.RA患者さんの下肢機能を高めようとすれば,必然的にLCSの治療も必要になります.当院では,脊椎の手術を年間300例以上行っていますが,200例はLCSに対する手術です.
西田 腰椎は,患者さんの動きがよくなることで手術が増えるかもしれません.一方,頸椎は薬物治療の影響を受けるようです.当院での頸椎手術は減少しており,とくにC1,C2の不安定性に対する手術はきわめて少なくなっています.
橋本 薬物治療の効果が得られ,歩行機能が改善すると,新たに胼胝や靴による障害が現れて,次の手術のニーズが生じることもしばしばあります.また,患者さんの要求度も増してきます.このようにして足の手術も増えているのだと思います.
石黒 RAによる足部の変形はあまり重要視されてきませんでしたが,今では非常に大きな問題になったことが改めてわかっています.
橋本 それにより専門性が高まり,手は手の外科学会,足は足の外科学会で研鑽し,きちんと手や足を理解した医師が手術する方向にシフトしていくと思います.さらに,機能の改善だけでなく,手や足の整容的なニーズもきわめて高くなってきたと感じます.
宮原 10年以上前に行われた切除関節形成術では,外反母趾などに対して何も対策しないままクレイトン手術などを施術された例も多く,最近は変形の再発による再手術が増えています.今では,高い歩行能力の獲得とより良い長期成績を得るために,関節温存骨切り術の導入など,手術法も変わってきました.
石黒 クレイトン手術を行うと疼痛は軽減されますが,速度などの歩行能力は低下する症例が存在します.患者さんが機能や整容面での改善を求めている今,クレイトン手術を行うことにより歩行能力を低下させてよいものか,改めて考える必要がありますね.
橋本 評価の話に戻ってしまいますが,大雑把な機能評価では運動機能障害があっても,高い評価結果や高い満足度になる天井効果という問題点があります.ですから,より優れた手術を目指すために,もっと詳細で,細かい機能障害や,日常生活レベル以上の高い運動機能に対しても感度のよい評価が必要です.
宮原 生物学的製剤の登場により,患者さんの要望は多様化しています.「趣味として踊りをやってみたい」という中高年の患者さんや,「外反母趾の変形を治してミュールを履きたい」という若い患者さんのニーズに応えていかなければなりません.
生物学的製剤によって関節破壊はなくせるか
石黒 生物学的製剤をうまく使えば,関節破壊をなくすことができるのでしょうか.
宮原 軽度の関節破壊であれば,生物学的製剤の投与により骨びらんが減少したり,関節破壊を抑制できるような症例があります(図3).
しかし一方で,そうとはいえない症例もあるのが現実です.
股関節では始めからLarsenのグレードでⅢ,Ⅳに分類されるような例が多く,生物学的製剤を使っても,やはり関節破壊は進んでしまっています.もちろんグレード1以下であれば関節破壊が進まないことが多いですが,なかには滑膜炎が残っていて,関節破壊が進行することがあります.
膝関節では局所の滑膜炎を完全に抑えきれない例がかなり存在し,術中に肉眼的に確認できる滑膜炎が手術例の3分の1に認められました.
総合的にみると,Larsen分類でグレード3以上の大関節では,関節破壊は進行してしまいます.滑膜炎が残存しているような症例では,生物学的製剤の効果が不十分なこともあって関節破壊が進行しています(図4).
橋本 生物学的製剤が出始めた当初は,期待感もあり,関節破壊は止まるという理解がされた時期もありました.しかし冷静に文献データをみると,2~3割の例でrapid radiographic progression(RRP)が残ります.
石黒 荷重関節では,ある程度進行していれば最終的には手術が必要であり,薬物療法だけでは救い切れない例があるということですね.
西田 関節破壊を骨びらんと関節裂隙狭小化の2つで評価すると,生物学的製剤の投与によって骨びらんは治せても,関節裂隙狭小化は防げないということです.ある程度進行してしまった例では,生物学的製剤を投与しても,関節破壊の進行を止められないのだと思います.そのため,生物学的製剤によって関節破壊をなくそうと思うなら,軟骨が保たれているうちに使う必要があります.軟骨が破壊されてしまうと,とくに荷重関節では進行を抑えることができません.
桃原 オランダでのDREAM試験では,病勢が同じであっても,罹病期間によって薬の効き方が違っていたそうです.これは罹病期間が長いと病態が変わり,同じ薬でも効かなくなる可能性があることを示唆しています.薬物療法ですべてのRAをコントロールするためには,まだ難しい課題があるのだと思います.
石黒 総括すると,生物学的製剤の関節破壊の抑制については,やはり関節破壊が起こる前の早期から投与しなくては進行してしまうということですね.
RA治療にかかわる整形外科医の将来像
石黒 各地方でRA診療を牽引されている先生方に,整形外科医としての将来的な役割についておうかがいしたいと思います.
桃原 私は,RAをすべて1人の整形外科医が診る必要はないと思っています.ただ,整形外科医は初診でRAの患者さんをみる機会が多いので,基本的な知識は必要です.しかしある程度以上の,たとえば手指や足趾のような専門性の高い手術は,専門的な技術のあるところで行うべきだと思います.地域ごとにセンター化するのもよいでしょう.
日本におけるリウマトロジストは整形外科医と内科医の中間的な存在です.今後はこのような真のリウマトロジストを育成する必要があると考えています.
石黒 私は,手術するリウマトロジスト,手術しないリウマトロジストの両方がいてもよいと考えています.形成外科領域で,皮膚科出身の医師と整形外科出身の医師がいるように,日本の実情に合ったリウマトロジストの存在があってよいのではないでしょうか.
西田 RAの手術をする整形外科系リウマトロジストは少なくとも薬物治療の知識をもっておかねばなりません.地域によっては,内科系の手術をしないリウマトロジストが薬物治療を行い,整形外科医が手術を担当するというように,うまく連携をとりながら棲み分けているところもあります.整形外科医としては,生物学的製剤の効果を補完したり,後押しするような手術のニーズはまだ多いと思っています.
石黒 宮原先生は,これからのリウマトロジストはどうあるべきだとお考えですか.
宮原 若い整形外科医の先生方や他科の先生方には,関節の機能障害や,ADL,QOLの把握をもっと重要視していただきたいと思います.ごく最近THAを行った症例で,反対の脚が若年性特発性関節炎のため長年伸展位で強直したままの患者さんを経験しました(図5).
アライメントが良好で,歩行に障害はないからと,手術に反対する意見もありましたが,手術を行いました.術後,患者さんも普通に立ったり座ったりできて,こんなにうれしいことはないとおっしゃっていました.われわれはもっと,患者さんのQOLを高めようとする視点をもつべきです.
西田 時々,僻地の患者さんで,重度の変形をきたしている例をみることがあります.このような地域差は,これからなんとかしてなくしていきたいですね.
宮原 機能障害をきちんと診断して,早く治療することにつきます.すべての患者さんが,進歩したRA治療の恩恵を受けられるようにすべきです.
真のリウマトロジストとは
石黒 RA診療においては,整形外科医にも長所と弱点がありますね.同じRAを診療する他科の先生方とどうやってうまく連携をとっていくべきだとお考えでしょうか.
橋本 長所として挙げられるところとしては,四肢の機能障害の把握を正確にできることで,これは整形外科医の得意とするところだということでしょう.弱点としましては,経過中に合併する感染症,肺や肝臓,腎機能障害などの早期診断を不得手とする点が挙げられます.一方,リウマチ内科医はこの逆のパターンで得手・不得手をもつと思います.このいずれも問題があり,本来はRA診療に携わるすべての医師は,疾患の診断,寛解を目指した薬物治療,四肢の機能障害の把握,経過中に合併するさまざまな病態の早期診断をできることが求められます(図6).
これができて初めて真のリウマトロジストではないかと考えます.
そのうえで関節手術を行う整形外科医には,質の高い手術で,障害された運動機能を再建,正常機能に復帰できるように,技術を向上させることが求められます.
日本リウマチ友の会によるアンケート調査の結果をまとめた「2010年リウマチ白書」において,主治医に求めるものの1位は,内科医と整形外科医の連携でした.RAの手術がきちんとできる整形外科医,種々の臓器合併症があってもRAをタイトコントロールできる内科医が育ち,両者が連携して治療をしていくことが重要だと思います.
石黒 ありがとうございます.将来の課題を総括していただいたと思います.
整形外科医は,自分たちの長所と弱点を理解したうえで,内科医と連携することが大切です.お互いの長所を有効に活用して,RA治療を行っていくことが大事だと思います.
本日は,整形外科医の立場からみたRA診療について,さまざまな角度からご意見をうかがうことができました.先生方,ありがとうございました.