体操競技は一般人が真似ることができないような動作パターンが多用されるため,神経系が発達する幼少期からのトレーニングが必要な種目である.また上肢を荷重に使用するため,手関節などの痛みを伴いやすく,選手や指導者がこれらの症状は当然として受け止めてしまう傾向がある.本稿では,筆者の体操競技選手の診療の経験と,体操競技に関する傷害の文献などから体操競技で生じる外傷,障害の特徴を概説する.
はじめに
体操競技は,男子は床・鞍馬・つり輪・跳馬・平行棒・鉄棒の6種目,女子は跳馬・段違い平行棒・平均台・床の4種目の演技実施で点数を競う競技であり,おもに支持系,懸垂系,跳躍系の運動で構成される.とくに回転系の技は,モーメント長が回転速度に影響するため,身長が低いほうが有利である.また上肢で体重を支持する運動は他競技と異なっており,スポーツ傷害の機転となり得る.さらに体操競技はきわめて特殊な動きが必要であり,とくに神経系の発達する幼少時からのトレーニングが行われる.とくに成長加速期の時期を中心として,成長軟骨への負荷が増大することによる,体操競技に特有の骨端線障害がみられる.
体操競技の外傷・障害の疫学
スポーツ外来受診者診療録から,体操競技の傷害発生を後ろ向きに検討した道永らの1997年の報告1)によると,男子は上肢傷害が46%,下肢傷害が38%であるのに対して,女子は上肢傷害24%,下肢傷害56%で,男子には上肢傷害,女子には下肢傷害が多い傾向を示したとしている.また外傷と障害の比率では,男子が外傷28%,障害72%に対して,女子は外傷55%,障害45%で,男子には障害が多く,女子には外傷が多かったとしている.この報告で,手術例は88例であったが,女子の前十字靱帯(ACL)損傷18例,男子アキレス腱断裂8例,女子の膝半月損傷8例,男子の足関節impingement exostosis 7例などとなっている.以上から,女子では下肢外傷,男子では上肢障害が多いといえる.
Injury Surveillance System (ISS)による大学生レベルの15競技を解析した報告2)では,足関節捻挫の発生率は15競技の平均で0.83/10,000Athlete Exposures(以下AE)に対して,女子体操競技では1.05/10,000AEと有意に高い発生率を示している.また膝前十字靱帯損傷の発生率は15競技の平均で0.15/10,000AEに対し,女子体操競技で0.33/10,000AEと有意に高い発生率を示している.体操は競技動作で対人プレーのようなコンタクトによる不確定要素がないにもかかわらず,従来より前十字靱帯損傷が問題となっている球技の女子バスケットボール,女子サッカーよりも高い値を示している.
合衆国女子体操の強化選手を1年にわたって前向きに観察した報告3)では(表1),急性発症は足関節が最も多く,次いで大腿,膝関節,指となっている.
特徴的なのは手関節,腰部については慢性発症が大部分である.また急性発症が多い膝関節でも倍以上の慢性発症がみられることである.また肩関節傷害が少ないのは女子の特徴である.
オーストラリアの高ランキングの女子体操選手の報告4)では当初は162名のコホートを設定したが,18ヵ月の追跡期間で88名が競技から引退したという.このことからも,体操競技においてスポーツ傷害のマネジメントは重要である.
体操競技で生じやすい外傷/傷害
1.外 傷
(1) 足関節・足部捻挫
足関節捻挫はよくみられる外傷である.女子選手はもともと関節弛緩性が大きいので,前方引き出しや距骨内反が陽性に出やすい.しかし靱帯不安定性のみが復帰の妨げとなることは少ない.捻挫後に復帰困難な例は,距骨下関節拘縮による足根洞症候群,距骨滑車の軟骨損傷または骨軟骨病変がしばしばみられる.
とくに足根洞症候群では足関節を装具やテーピングで固定することにより症状の軽減が得られるため,固定装具を常用する傾向がある.しかし常に固定を続けると距骨下関節の拘縮が進行し,症状を増悪させる例もみられるので注意が必要である.足根洞症候群については,超音波治療器などを用いて,距骨下関節の可動域を丁寧に改善することが効果的であるが,復帰が難しい例については,ステロイドの局所注入が著効を示す場合が多い.
また距腿関節の圧痛がみられる例や距腿関節に沿った浮腫がある例では,距骨滑車の軟骨損傷もしくは骨軟骨病変が考えられる.このような場合はMRIなどで精査が必要となる.改善しない背景には,背屈可動域制限,距腿関節の不安定性があり,物理療法やなんらかの外固定が必要である.保険適応ではないが,距腿関節へのヒアルロン酸注入が効果を示す場合がある.しかし,保存的治療で改善しない場合は関節鏡による処置が必要な例もあり得る.
足部では,踏切時のリスフラン靱帯損傷が時折みられる.リスフラン靱帯は第2中足骨と内側楔状骨を結ぶ靱帯である.2度損傷以上では症状が長引くことがあり,3度損傷以上では手術が必要になる.
(2) 膝前十字靱帯損傷
膝関節では外傷として,女子選手を中心としてノンコンタクトの前十字靱帯損傷がみられる.これは,着地のバランスの乱れなどから膝外反と膝の回旋により破断強度を上回る外力が前十字靱帯に加わるためである.この機序について,膝外反により起こることは明らかであるが,内旋か外旋かについては意見の一致をみていない.以上の議論はあるものの,膝外反は前十字靱帯損傷の重要な要因であるので,着地時の膝外反を防ぐことが,前十字靱帯損傷の予防につながると推測されている.具体的には股関節外転筋である中臀筋,伸展筋である大臀筋,股関節外旋筋群の強化が重要であろう.予防プログラム実施上,大腿筋膜張筋は股関節外転筋ではあるが,closed kinetic chainではknee-inを惹起し,結果として股関節内転を起こしてしまうので,中臀筋と大腿筋膜張筋の作用のタイミングや比率にも注意が必要となる.ゴムベルトを膝関節に装着し,股関節内転モーメントを与えたスクワットは,中臀筋の作用を優位にする手段として有効であろう.
(3) 膝半月損傷
他のスポーツによる半月損傷と同様に,体操競技でも内側半月よりも外側半月が損傷しやすい.これは膝前十字靱帯損傷のところで述べたように,体重負荷時の下肢のアライメントが外反傾向を示すことにより外側コンパートメントにかかる負荷が増大するためである.外側半月損傷はこのような荷重時アライメントの結果と考えるべきである.外側半月を縫合するか切除するかの問題もあるが,これらの着地アライメントを修正しないと,縫合の場合は再損傷,切除の場合は変形性関節症への進展が予測されよう.つまり,半月損傷の予防だけではなく,術後アスレティックリハビリテーションを考えても,これらの着地などにおける荷重時アライメントに対する介入が必要である.
2.障 害
(1) 手関節
体操競技では,最大背屈位付近で荷重することの多い手関節は障害を起こしやすく,体操による手関節障害はgymnast wristと呼ばれている.筆者らの1997年の大学体操部の調査5)によると,調査時に手関節痛を有する選手は38名中17名(44.7%)で,既往も含めると24名(63.2%)である.
手関節痛の発症について,大学体操部員に対する最近の筆者らの調査(未発表データ)では,図1に示すように明らかに男子に発症しやすい.
男女共通種目の跳馬や床では,発症率の男女差は少ないが,男子のみの種目である鞍馬での発症率はほぼ80%である.つまり,体操競技における手関節痛の発症率の男女差は,鞍馬が競技種目に入っているか否かによるところが大きい可能性がある.なお1997年の筆者らの報告5)でも,女子よりも男子に統計学的有意差をもって手関節痛が発症しやすいというデータが得られている.
実際に,体操競技選手の手関節痛の原因疾患としてはいろいろ挙げられているが,最大背屈位での荷重による背側部痛では,scaphoid impaction syndrome, dorsal impingement syndromeが多く,尺側部痛ではulnar abutmentやTFCC injuryがみられる.成長期には尺側部痛の発生は少ないとされている.
これらの手関節痛の発症には,成長期から手関節を荷重関節として負荷をかけるため,手関節における橈骨遠位骨端線の障害が惹起され,手関節付近での橈骨の成長が抑制されることが原因のひとつとして挙げられている6).橈骨遠位側成長軟骨障害のため,成長終了後に橈骨は尺骨に比べ相対的に短縮傾向を示すことが多い7).極端に短縮を示したものは尺骨頭の突出による後天的Madelung変形と呼ばれる.また橈骨や尺骨の茎状突起の癒合不全もよくみられる(図2).
筆者らの報告5)でも,大学体操部38名の調査では調査時に手関節痛を有していたものは17名(44.7%)であり,有痛者を直接検診した結果,最も多いのがTFCC injuryや尺骨つき上げを疑わせるulnocarpal stress testで,次いで手根不安定症を疑わせるlunotriquetral ballottement testが多かった.小林らの若年者体操選手に関する報告8)でも手関節有痛者の掌背屈可動域は172.7度,手関節無痛者は165.1度,また橈尺屈可動域は手関節有痛者で61.4度,無痛者は42.4度といずれも有痛者の可動域が有意に大きいことを報告している.この結果は,手関節有痛者に必ずしも不安定症があると結論はできないが,少なくとも手関節弛緩性が手関節痛の発症に関連していると推測することができると考えている.
治療としては,疼痛の出る動作の制限,疼痛発生場所以外の固さの除去,適切なテーピングが行われる.とくに橈骨尺骨間(回外制限,遠位橈尺関節拘縮)や手根骨間の動き(手根骨遠位列の拘縮)をよくチェックし,また胸椎を含めた胸郭の可動性,肩甲胸郭関節の動きもチェックする.運動連鎖による手関節への負担を減らすべく,固さが認められればこれらの部位に局所的な授動術を行う.
(2) 肩関節障害
体操競技における肩関節の傷害は,男子に多く女子に少ない.これは胸椎後弯による胸郭の動き,肩甲骨の可動性が男子で制限されており,上肢と体幹の関係のうちで胸郭や肩甲胸郭関節による代償があまり行われず,肩甲上腕関節や肩鎖関節に大きな応力がかかるためだと考えられる.
成長加速期の時期に,上肢への荷重や衝撃が加わることによる上腕骨近位骨端線慢性損傷が起こり得る.野球におけるlittle leaguer’s shoulderと同様の症状であるが,野球は近位骨端と骨幹の回旋トルクによる外力が原因であるが,体操では直接的な圧迫応力が原因で,近位骨端の後方すべりが高度になる例もみられる.可動域や筋バランスなどの肩関節機能に影響を与えるので,できれば成長加速期の時期には上肢への衝撃を控えるべきであろうが,指導者の理解を得にくいのが現状である.成長軟骨が力学的にとくに脆弱な小学校高学年から中学校低学年の成長加速期の時期では,跳馬など上腕骨近位骨端線に負荷が大きいと考えられる練習量を減らすなどの対応が必要であろう.
体操選手の36肩をMRIで検査した報告9)によると,体操選手では100%,対照群では20%になんらかの異常がみつかったとしている.SLAP病変では対照群0%に対して体操選手で44.4%,腱板損傷については対照群0%,体操選手22%に陽性所見が認められたとしている.筆者の経験では,男子体操選手にはSLAP lesion,肩鎖関節炎がしばしばみられる.上述したように患部以外の部分の固さが影響して,症状が出る場合が多いようである.
治療としては,運動連鎖を考慮し,脊柱,胸郭および肩甲胸郭関節の動きをチェックし,固さがあれば局所的な授動術を行う.SLAPなどの病変がある場合にはヒアルロン酸やステロイドの関節注射も有効である.ただし,注射だけで対応すると,病変が進行し,不可逆性となってしまう恐れを考慮すべきである.以上の治療でコントロールできなければ,外科的治療を行わざるを得ない例も存在する.
References
1)道永幸治,白土英明,脇元幸一,岡田 亨:体操競技における傷害特異性.日整外スポーツ医会誌 17:39-44, 1997
2)Hootman, J. M., Dick, R., Agel, J.:Epidemiology of collegiate injuries for 15 sports:summary and recommendations for injury prevention initiatives. J. Athl. Train. 42:311-319, 2007
3)Caine, D., Cochrane, B., Caine, C., Zemper, E.:An epidemiologic investigation of injuries affecting young competitive female gymnasts. Am. J. Sports Med. 17:811-820, 1989
4)Kolt, G.S., Kirkby, R.J.:Epidemiology of injury in elite and subelite female gymnasts:a comparison of retrospective and prospective findings. Br. J. Sports Med. 33:312-318, 1999
5)清水卓也,三浦隆行,藤井美奈子:大学体操クラブにおける関節障害調査─手関節障害を中心として─.臨スポーツ医 14:820-824, 1997
6)De Smet, L., Claessens, A., Lefevre, J., Beunen, G.:Gymnast wrist:an epidemiologic survey of ulnar variance and stress changes of the radial physis in elite female gymnasts. Am. J. Sports Med. 22:846-850, 1994
7)DiFiori, J.P., Caine, D.J., Malina, R.M.:Wrist pain, distal radial physeal injury, and ulnar variance in the young gymnast. Am. J. Sports Med. 34:840-849, 2006
8)小林俊行,水谷一裕,平澤精一,平和 眞:「若年者体操選手の手関節障害」.日整外スポーツ医会誌 17:222-229, 1997
9)De Carli, A., Mossa, L., Larciprete, M.et al.:The gymnast’s shoulder MRI and clinical findings. J. Sports Med. Phys. Fitness 52:71-79, 2012
中京大学スポーツ科学部教授/保健センター長
清水卓也 Shimizu Takuya