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国際血栓止血学会(ISTH)

第23回国際血栓止血学会

尾崎由基男

Angiology Frontier Vol.10 No.4, 64-66, 2011

 第23回国際血栓止血学会(International Society on Thrombosis and Haemostasis;ISTH)は,第57回科学的標準化委員会(Scientific and Standardization Committee;SSC)とともに2011年7月23日(土)~28日(木)まで国立京都国際会館で開催され,国内外より約4500人の参加者があり,すべての行事が成功裡に終わった。池田康夫大会長(早稲田大学理工学術院先進理工学部生命医科学科教授)以下,日本血栓止血学会会員を中心とする組織委員会のメンバーは,それぞれこれまでに多くの国内学会,また国際学会の開催に関わったことがあるが,今回の学会の成功には特別の感慨をもたざるをえなかった。

 組織委員会は2年前に発足し,プログラム委員会,登録委員会,財務委員会,式典委員会など多くの委員会の活動で素晴らしい学会の企画が立てられ,2010年末から会員登録,抄録提出まで順調に推移した。2011年2月の抄録締め切り時には3000題の抄録が寄せられ,これまでのアメリカ,ヨーロッパでの開催を上回る最多の記録となり,京都における第23回ISTH学術集会は大成功となることが予想されていた。ところが,3月11日(金)の東日本大震災,それに続く福島第一原発の事故が状況を一変させてしまった。BBC,CNNなど海外のメディアは,日本列島全体が放射能に覆われるような地図を付けてこの事故を頻回に報道し,外国からの旅行者はほとんど途絶した。多くのISTH会員から,京都でのISTH学術集会開催に対する危惧の念が本部に伝えられ,またそれまで順調に伸びていた学会参加の登録もほぼ止まった。ISTH学術集会の開催まで4ヵ月しかない時期に,ISTH本部は学会の中止や代替地も含めて対応を検討し,具体例としてスペインのバルセロナも開催地の候補に挙がったらしい。この危機に際して池田会長らの対応は迅速で,当を得たものであった。組織委員会は国内外の専門家の意見を集め,科学的で正確な情報をISTH本部に提供した。またNews letterを発行し,一般会員へ京都での学会開催の安全性を訴えた。ISTH本部は第三者の組織(Control Risk社)に安全性の評価を依頼し,その結果もふまえて4月に臨時理事会を開き,最終的には京都でのISTH学術集会を予定通り開催することになったのであった。
 以上のように,学会開催の危機的な状況を乗り越えて迎えた24日(日)のオープンニングセレモニーは東日本大震災の被害者への黙祷で始まり,日本のこれからの復興を訴えるメッセージを込めた素晴らしい3Dムービーは参加者に深い感銘を与えたようであった。
 25日(月)の特別講演は,Katherine A. High博士の「血友病の遺伝子治療,長くて曲がりくねった道(ビートルズの有名な曲をもじったもの)」であった。以前,血友病患者は関節拘縮などによる日常生活動作(activities of daily living;ADL)の低下により,20歳まで生存することは稀であった。しかし,強化補充療法を行うようになって運動能力,およびADLの維持は改善したが,血液製剤を用いたことによる肝炎,ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)感染が大きな問題になったわけである。そこで遺伝子治療の研究が注目を浴び,多くの実験,また臨床試験も行われてきた。実験動物レベルではかなり成功例があったが,実際の患者を用いた試験になると有効性を示すことは困難であった。最近,血友病Bの患者を対象として4つの別々の臨床試験が行われた。すべてがアデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus;AAV)ベクターを用い肝細胞をターゲットとする試験であるが,それぞれかなりの長期間第Ⅸ因子の産生を認め,関節出血などの事象を抑える,または補充療法の頻度を激減させた。また,肝機能障害などの副作用もほとんど認めなかった。このように,これまで紆余曲折を辿ってきた血友病の遺伝子治療が現実味を帯びてきたわけであり,この進歩は血友病患者にとって大きな福音となるであろう(血友病Bの遺伝子は小さいのでAAVベクターなどに入れやすいが,血友病Aの遺伝子はかなり大きく,分割してベクターに入れるような工夫が必要であり,実戦まではまだ時間がかかりそうである)。
 次に,Kari Alitalo博士が「vascular endothelial growth factor(VEGF)の生理的機能および臨床応用の可能性」について講演をした。Alitalo博士は,世界に先駆けてリンパ管,血管の形成に作用するリンパ管内皮増殖因子VEGF-Cを発見し,その受容体VEGFR-3を同定,さらにリンパ管内皮細胞の分離に成功することによりリンパ管形成の研究に多大な貢献をした学者である。彼の研究により,VEGFR-3が血管,リンパの形成に重要な役割を果たすことが明らかにされ,VEGFR-3を介する信号伝達系の阻害薬によりリンパ浮腫の治療戦略が立てられることになった。また,VEGF-Cが癌組織の血管新生,リンパ管新生,リンパ節における癌細胞の増殖,癌の転移に関わることが明らかにされ,VEGFR-3の阻害薬が癌の転移を抑制する薬剤として開発されるきっかけになったのである。現在私の教室でも,血小板の新規受容体CLEC-2がリンパ管と静脈との分離に重要な役割を果たすことを見出しており,VEGFとの関連を注目している。Alitalo博士の講演は,われわれの研究の新しい方向性を示すものとして興味深く拝聴した。
 26日(火)には,寒川賢治氏(国立循環器病研究センター研究所所長)が「Challenge to novel bioactive peptides」について特別講演をされた。寒川氏は著明な生化学者であり,G蛋白結合型受容体(G protein-coupled receptor;GPCR)のリガンド探索,および脳や心血管系に作用するペプチド研究の第一人者である。彼によって1993年に発見されたアドレノメデュリンは,52個のアミノ酸からなるペプチドであり副腎(adrenal gland)からみつかったということでアドレノメデュリン(adrenomedullin)と命名されているが,主として血管から分泌され,血管を拡張させる働きをもつ血管作動性物質である。アドレノメデュリンは当初,血管拡張作用を有する物質として注目されたが,その後の研究から細胞の分化制御,内皮細胞再生,抗炎症作用,体液量調節作用,強心作用など多彩な生理活性をもつことが明らかにされた。またグレリン(ghrelin)は,1999年に同様に寒川氏により発見された胃から産生されるペプチドホルモンである。下垂体に働き成長ホルモン(growth hormone;GH)分泌を促進し,また視床下部に働いて食欲を増進させる働きをもつ。成長ホルモン分泌促進因子受容体(growth hormone secretagogue receptor;GHS-R)の内因性リガンドであり,現在,肥満の治療戦略の一助として注目されている。
 26日(火)のもう1つの特別講演は,Kenneth A. Bauer博士の「Recent progress in anticoagulant therapy:oral direct inhibitors of thrombin and factor Ⅹa」であった。現在,心房細動に伴う脳梗塞,深部静脈血栓症などの静脈性血栓症の治療,予防にはビタミンK阻害薬であるワルファリンが頻用される。しかし,この薬剤は過剰投与により出血の副作用があるため,頻回にPT-INRなどの臨床検査にて薬効をモニターする必要がある,また凝固因子の産生を阻害するために凝固抑制作用が長期間持続するので,出血事象が起きたときの対応が困難である,などの欠点があった。最近になり,直接的トロンビン阻害薬ダビガトランやⅩa阻害薬であるrivaroxaban(2011年10月現在,承認申請中)などが開発されたが,ワルファリンと比較して有効濃度の範囲が広いため,薬効のモニタリングが必要でないこと,投与直後より凝固抑制効果が認められ,また治療中止後速やかに薬効が消失するなどの利点が注目されている。とはいうものの,大規模臨床試験が行われるにつれて少しずつ問題点も指摘されるようになり,重大な出血事象はワルファリンとほとんど同様の頻度で起きること,腎機能低下例などの一部の症例ではやはり臨床検査測定により薬効のモニタリングが必要であることが明らかにされてきた。
 28日(木)は,Mark H. Ginsberg博士が「Molecular mechanism of inside-out integrin regulation」について特別講演をした。1つの血小板上には8万個ものGPⅡb/Ⅲaと呼ばれるフィブリノーゲン受容体があり,その構造は2つの構造蛋白からなるインテグリンである。通常はフィブリノーゲンとは結合しないが,血小板が傷害血管壁に露出したコラーゲンなどと接触すると,血小板細胞内活性化信号によりGPⅡb/Ⅲaは活性化され,フィブリノーゲンと結合するようになる。この機序をinside-out活性化と呼び,これまで多くの研究者により研究され続けているテーマである。Ginsberg博士らはこの機序を詳細に解明し,ついにGPⅢaにタリンと呼ばれる蛋白が結合することがGPⅡb/Ⅲaの立体構造の変化,フィブリノーゲンへの親和性増加につながることを明らかにした。これ以外にはKindlin-3,インテグリン結合キナーゼ(integrin-linked kinase;ILK)なども分子生物学的方法,遺伝子学的手法によりGPⅡb/Ⅲaの活性化に関与することが明らかにされており,まだこれからも多くの未知の研究領域があることが示唆されている。
 28日(木)のもう1つの講演は,James A. Huntington博士による「Serpin structure,function,and dysfunction」であった。Serpinはserine protease inhibitorsの略称であり,このなかには有名なアンチトロンビンが含まれる。これまでに多くのSerpinが発見されているが,Huntington博士は,そのcofactor, 立体構造の変化,機能,止血,線溶系における役割について,非常に詳細に,かつわかりやすい講演をされた。
 これ以外にも3編のPresidential Symposiumの演題があり,血小板,凝固,線溶の領域における学問の発達,現状,将来像などについて3名の著名な学会を導いていた先達からお話しをいただいた。また32題のState-of-the-Art(教育講演)は,血栓止血領域の最先端の基礎研究,臨床研究の成果を示すものであり,それぞれ各分野の研究には非常に参考になる講演であったと聞いている。
 前述したように,多くの困難を乗り切って開催できた京都ISTH学術集会であったが,世界中から集まってきたISTHの会員からは,学問の面,また京都における日本人の接待の心に満足したとの感想をいただき,組織委員の1人として嬉しく思っている。

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