はじめに
前号では,静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism;VTE)の病理として肺病変と心病変について述べた。今号は,塞栓源となる深部静脈血栓症(deep vein thrombosis;DVT)のなかでも,特にVTEと関連の深い下肢・骨盤静脈のDVTについて述べる。上肢や他部位のDVTについては,成書を参照されたい。
1 DVTの分類(図1)
下肢・骨盤静脈のDVTは,病態から大きく腸骨型,大腿型,下腿型の3群に大別される1)。腸骨型のDVTは,腸骨静脈圧迫症候群(iliac compression syndrome)や骨盤内占拠性病変によって発症し,早期に中枢側静脈を閉塞するため下肢に腫脹や発赤などの下肢症状が出現しやすく,臨床的によく知られた病態である。しかしながら,血栓が末梢側に進展すること,静脈壁との固着により塞栓化されにくいことなどから,腸骨型DVTが肺動脈へ塞栓化することはむしろ少ない。同様に,大腿型のDVTはカテーテル穿刺などをきっかけとして発症するが,血栓が中枢側に進展しても規模が小さいことが多く,VTEとの関連は少ない。
一方,下腿型のDVTはエコノミークラス症候群や入院による長期臥床など,下肢の運動制限による血流うっ滞を基盤に発症する。下腿深部静脈には吻合が多数あるため,下腿型DVTは静脈灌流障害が生じにくく臨床症状に乏しい。しかしながら,血栓が無症候性に中枢側に進展すると大規模な血栓塞栓子の供給源となりうる。これまでの検討結果から,急性広範性肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism;PTE)による突然死例の塞栓源のほとんどが下腿型のDVTを血栓発生源としていることがわかった2)3)。
2 下腿型DVTとヒラメ筋静脈
下腿深部静脈は,足底からの血流を受ける静脈(前脛骨静脈,後脛骨静脈,腓骨静脈),筋肉内静脈(腓腹筋静脈,ヒラメ筋静脈),および合流して大腿静脈に灌ぐ膝窩静脈の6ヵ所から構成される。このなかで,VTEとの関連においてはヒラメ筋静脈が重要である。広範性PTEによる突然死例の9割にヒラメ筋静脈血栓が確認された2)。ヒラメ筋は下腿最大の筋であり第2の心臓といわれ,静脈血をヒラメ筋静脈に一時的にプールし,筋ポンプ作用により右室へ灌流する役割をもつ。このため,ヒラメ筋静脈は拡張しやすく血流が貯まりやすい構造をとり,これが災いして他の下腿静脈より血流うっ滞が起こりやすい。また,ヒラメ筋静脈には静脈弁が少なく,灌流の多くを筋ポンプ作用に頼っており,長期臥床時には他の下腿静脈より早期に血流うっ滞が起こる。こうした理由から,長時間の下肢運動制限に伴って発生する静脈血栓のほとんどがヒラメ筋静脈を血栓発生源としている。
3 ヒラメ筋静脈血栓の進展とフリーフロート血栓
ヒラメ筋静脈は血流うっ滞に伴いDVTが発生しやすいが,ヒラメ筋静脈血栓そのものが重篤なPTEの塞栓源となることは少ない。これは,形成される血栓塞栓子が比較的小さいことや,ヒラメ筋静脈が中枢部まで吻合を繰り返す細い網状の走向をとるので,大塞栓子となりにくいためと考えられている。さらに,ヒラメ筋静脈血栓は多くが無症状のまま溶解,もしくは器質化して消失する。しかしながら,下腿静脈血栓の2割程度が中枢側へ進展するといわれ4),これがPTE発症との関連において重要である。
下腿静脈から中枢側へ二次性に進展した血栓は,大腿型・腸骨型DVTに比し静脈壁との反応が少なく,フリーフロート血栓と呼ばれる血管腔内に浮遊するような形状を呈することが多い(図2)。
フリーフロート血栓は,静脈の完全閉塞による下肢の臨床症状が出現しにくく発見が困難である。また,周囲の静脈壁との接触部位が少ないため,膝の屈曲などで血栓がちぎれた場合,比較的大きな血栓がひとかたまりに肺動脈へ塞栓化する可能性があり,広範性PTEを引き起こす危険性が高い。
以上のことから,ヒラメ筋静脈血栓はVTEとの関連において重要である。
1.ヒラメ筋静脈血栓の進展とヒラメ筋静脈灌流路(図3,4)
ヒラメ筋静脈血栓は,静脈の灌流路に沿って連続的に中枢側静脈に進展する。ヒラメ筋静脈の最大分枝である中央静脈は膝窩の近くで腓骨静脈に合流し,続いて腓骨静脈が後脛骨静脈と合流して膝窩静脈へと灌ぐ。この経路をヒラメ筋静脈灌流路と呼び,PTE例における静脈血栓の検出率が高い。同じ下腿静脈でもヒラメ筋静脈灌流路に交わらず,直接膝窩静脈に灌ぐ腓腹筋静脈と前脛骨静脈ではPTE例での静脈血栓の検出率が低い2)。このことからも,重篤なPTEを生じるVTE患者における下腿型DVTの多くがヒラメ筋静脈から発生,成長したものといえる。
2.深部静脈血栓の運命
DVTは,血栓が形成されたのち線溶,器質化,塞栓化のいずれかの転帰をとる。線溶ないし塞栓化された場合,静脈血栓による静脈壁の形態への影響は少ない。しかし,静脈血栓が器質化した場合,静脈壁の変化を引き起こす。静脈血栓が器質化に至る経過は,経時的に早期血栓[①新鮮血栓,②器質化過程血栓]と晩期血栓[③器質化血栓,④退縮・閉塞]に分類される(図5)。
早期血栓は,容易に静脈壁から遊離して塞栓化するため急性期のPTE予防のために最も重要である。一方で,血管径の拡張を伴うため血栓の検出が比較的容易であり,適切な薬物療法によって後遺症を残さず治癒することが可能である。
器質化した晩期血栓は,血栓が静脈壁と連続的に固着しているため塞栓化することはないが,閉塞や静脈弁機能の障害により血行障害が発生し,静脈血栓後遺症の温床となる。また,形態的には血管径はむしろ退縮し,血流もみられないため,超音波などによる血栓の検出が困難である。さらに,治療の点では血栓溶解療法が無効であり,血行を回復するためには外科的に血栓を摘除する必要があるが,仮に外科的摘除を行ったとしても静脈弁は再生されないため,完全な治癒は望めない。
以上より,PTEとの関連では早期血栓の形成予防,早期発見が必要不可欠であるが,VTE再発や静脈血栓後遺症の問題を考えると,晩期血栓の予防および検出も同時に重要である。
文 献
1)呂 彩子,景山則正:病理からみた深部静脈血栓症.下肢静脈疾患と超音波検査の進め方いかに深部静脈血栓症・下肢静脈瘤をエコーで診るか,佐藤 洋,遠田栄一 編.東京,医歯薬出版株式会社,17-25,2007
2)Kageyama N, Ro A, Tanifuji T, et al:The significance of the soleal vein and its drainage veins in cases of massive pulmonary thromboembolism. Ann Vascul Dis 1:35-39, 2008
3)Ro A, Kageyama N, Tanifuji T, et al:Pulmonary thromboembolism;overview and update from medicolegal aspects. Leg Med (Tokyo) 10:57-71, 2008
4)Labropoulos N, Kang SS, Mansour MA, et al:Early thrombus remodelling of isolated calf deep vein thrombosis. Eur J Vasc Endovasc Surg 23:344-348, 2002
5)呂 彩子:肺血栓塞栓症;病態.静脈血栓塞栓症ガイドブック(改訂2版),小林隆夫 編,東京,中外医学社,21-27,2010
東京女子医科大学医学部法医学講座講師
呂 彩子