Summary
腹部大動脈瘤(AAA)に対する治療戦略は,近年大規模なパラダイムシフトを遂げている。その主役であるステントグラフト治療(EVAR)はきわめて良好な早期成績を上げているが,その反面,長期の生命予後はopen surgery,はたまたsurveillance群との差を示すことができないでいる。また,新しい治療の光と影,すなわち治療自体のリスクから目を逸らしてはならないと考えたことから,同治療の課題をいくつか挙げ,①小径の大動脈瘤の適応,②若年者への適応,③デバイスの耐久性,④解剖学的適応の拡大の是非,⑤フォローアップの方法,について詳述した。われわれは,このような課題を常に念頭に置いて治療にあたる必要がある。
Key words
●腹部大動脈瘤 ●ステントグラフト ●早期成績 ●遠隔期成績 ●課題
はじめに
腹部大動脈瘤(abdominal aortic aneurysm;AAA)に対する治療戦略において,ステントグラフト治療(endovascular aneurysm repair;EVAR)の果たす役割は大きく,そのシェアは広がりつつある。1991年にParodi 1) により提示されたこの治療は,その後10年で雨後の筍のようにさまざまなデバイスを輩出し,適者生存のかたちで淘汰されてきた。2000年に入って企業ベースのデバイスが安定した成績を上げるようになり,かつ術者のlearning curveもプラトーを意識させるなだらかなスロープを形成し始めた。さらに10年が経過した現在,早期成績のよさは誰も異存のないところであるが,よりdetailな部分,手術適応などを中心に議論が盛んになっている。
本稿では,今後の課題により重きを置いて述べたい。
1 早期成績―2つのスタディのインパクト
本邦では,2006年にようやくステントグラフト治療が使用承認され,日本ステントグラフト実施基準管理委員会の管理のもとに臨床導入が始まった 2) 。よって,ここではステントグラフトの黎明期の成績への言及は避ける。
2004年に上梓された2つの大規模無作為試験が,この10年における金字塔となっている。1つはEVAR trial 1 3) で,open surgery(以下,OS)耐術可能なAAA患者1082症例を2群に分けている。周術期死亡率は,EVAR群の1.7%に対しOS群で4.7%であり,4年後の瘤関連死亡率はEVAR群はOS群の半分であった。しかし,全死亡率は26% vs 29%で有意差はなく,EVAR群の再治療率は20%とOS群の6%に比して高かった。
同時期に出たDREAM trialは,EVAR trial 1に似たデザインである 4) 。345症例とやや小規模のスタディであるが,周術期死亡率はEVAR群で1.2%,OS群で4.6%と同様に大きなベネフィットを示したが,2年後の全死亡率は有意差がなかった。瘤関連死亡率と再治療率は,EVAR trial 1と同様である。
これらの良好な成績に基づき,OSが施行不可能な患者にEVARが施行できれば全体予後を改善できるのではないか,という仮説のもとに行われたのがEVAR trial 2である 5) 。OS施行不可能と判断された338症例をEVAR施行群および経過観察群に分け,ITT解析またはper-protocol解析を行った。ところが,4年のフォローアップで全死亡率・瘤関連死亡率ともにEVAR群の優位性が認められなかったのである。この予期せぬ結果の理由として,まずこのスタディでのEVAR群の周術期死亡率は9%と高く,これは手術の適応自体が問題となるレベルであることが挙げられる。経過観察群の100人・年あたりの死亡は9人と予想よりも低かったこと(スタチン投与の影響が加味されていなかった),EVAR群の全死亡の19%は,実際はEVARが行われていなかったことなどもバイアスとなっていた可能性がある。いずれにせよ,右肩上がりのEVARの拡がりに冷や水をかけた報告であった。
2 遠隔期成績
ステントグラフトだけではなく,術中に用いられる血管内治療の各種デバイスは刻々と進歩しており,年々改良を繰り返しているため,長期成績を一律に論じることは難しい。長期かつhigh volumeのデータでは単一施設ながらも,Chahwanらが1996年~2005年までのEVAR群260症例とOS群417症例を比較してい
る 6) 。生存率は,3年時でOS群が有意に高かったもののその後は差は認めず,EVARはOSに“劣らない”長期の成績が見込めることが示された。
2008年のSchermerhornらの報告は,おそらく現時点で最も信頼に足る長期成績データの1つであろう 7) 。これは,population-basedでの初めての大規模データである。2001年~2004年までのメディケア受給患者を,EVARおよびOSでそれぞれ22830症例ずつマッチさせたものである。周術期死亡率は,EVAR群1.2%に対しOS群4.8%と前述の2つのスタディの結果と一致している。また,術後3年まではEVARの成績がよいが,長期での生存率は差がなくなっている。4年間でみると,瘤破裂率はEVAR群が高かった(EVAR群 vs OS群:1.8% vs 0.5%)。また,EVAR治療の特徴として低侵襲である代わりに再治療率が高いのは当然のことではあるが,それを示すと同時にOSに伴う合併症の頻度の高さ(ヘルニア・イレウス)についても言及している。この報告で興味深いのは,年齢別の比較がされていることである。生存率は,高齢になるほどEVAR群に優位であることが明確に示されている。
3 デバイスごとの成績
ステントグラフト個別の成績は,企業にとっても患者にとっても,また瘤の形状などから選択する術者にとっても重要である。少々古いデータではあるが,OurielらはAncure(Guidant社),AneuRx(Medtronic社),Excluder(Gore社),Talent(Medtronic社),Zenith(Cook社)の5種のデバイスで比較している 8) 。瘤関連死や再治療率,開腹conversion,migrationに差異はなかった。しかし,脚閉塞はAncureに多く,エンドリークはExcluderに多かった。また,瘤縮小率もExcluderで小さかった。本邦ではZenith,Excluder,Powerlink(Endologix社)が認可されているが,Excluderは上記の欠点を補うべくlow-permeabilityのデバイスに改良し,瘤縮小率においては他のデバイスとの差異はなくなった 9) 。また,本邦認可一番手のZenithは,安定した長期成績を出している 10) 。739症例のEVAR患者が登録され(158症例について5年間フォロー),5年推定生存率は標準リスクで83%,ハイリスクで61%であった。瘤関連死亡率はそれぞれ2%と4%,瘤非破裂率はそれぞれ100%と99.6%と高率であった。デバイス関連のトラブルも3%未満ときわめて良好な成績を収めている。しかし,追加処置は20~25%に必要であり,フォローアップの重要性が変わらず示唆される結果であった。
4 今後の課題
1.Small size AAAへの適応
Small sizeのAAAに対する治療は,以前より議論がされていた。1998年にUK small aneurysm trial(UKSAT)が発表され,4.0~5.5cmまでのsmall aneurysmに対する早期の治療の意義について検討された 11) 。その結果,5.5cm未満のAAAは合併症・死亡率を鑑みると治療(OS)するには十分なベネフィットはないという結論が出た。同スタディでは,周術期死亡率が5.8%であり高いとの指摘もあったが,2002年に発表されたADAMといわれる米国のVeterans Affairsの患者群を対象にしたスタディでは 12) ,周術期死亡率は2.7%と改善したにもかかわらず,5.5cm未満では生存率を上げなかった。
しかし,先に述べたEVARによる周術期リスクの大幅な軽減により,small size AAA治療のベネフィットが出てくる可能性が示唆された。そこで,2つのスタディが立ち上がった。CAESAR trialは,4.1~5.4cmのsmall size AAAに対してZenithを用いたEVAR治療群とsurveillance群(瘤径増大に応じて治療)との前向き比較試験である 13) 。54ヵ月の時点で,全死亡率はEVAR群14.5%,surveillance群10.1%と差を認めな
かった。また,36ヵ月の時点で5mm以上の瘤拡張は8.4%と67.5%で,後者が優位であった。つまり,36ヵ月後には6割は手術適応の大きさになり,そのうち6例に1例がEVARの解剖学的適応を失うのである。Surveillance群では,178症例中85症例が治療に転じたが,per-protocol thresholdを達成した80症例中14症例はOSとなった。周術期死亡率も0.6%と低く,今後の報告が待たれる。Surveillance群の面白いデータがある。4.1~4.4cm,4.5~4.9cm,5.0~5.4cmの3群で比較すると,3年後までにAAA手術適応(5.5cm以上,年間1cm以上の拡張,症状出現)となる割合は23.3%,57.6%,90%ときれいに層別されるのである。もう1つのPIVOTAL trial 14) は4~5cmの瘤に対して行われ,周術期死亡率0.6%,20ヵ月で全死亡率4.1%と低く,術後3年までは瘤破裂および瘤関連死亡での優位を示している。これらも長期の成績の結果を待ちたい。
2.若年者への適応
若年者および低リスク患者へのEVARの適応は,控えられてきた 15) 。次項にも述べるが,ステントグラフトの長期耐久性のデータがほとんどないことから,安易に低リスクの若年者(70歳未満)にEVARを施行するのは慎むべきであるという論調が多い。Diehmらの報告は,65歳以下のEVAR患者を対象としたmatched-pair分析であり,EVARがOSをしのぐ治療であると結論付けている 16) 。もちろん短期成績はEVARに分があるが,25人ずつの小規模スタディで観察期間はEVAR,OSそれぞれ約7年と6年であり,余命が10年以上見込まれる場合の議論としては成り立たないと思われる。しかし,今後のデバイスの進歩,より長期の成績が出ることによって,この分野の適応は拡大してくるであろうことは予測できる。
3.グラフトの耐久性,器質化
EVARの低侵襲性はAAA治療の燭光として,グラフト自体の耐久性に懐疑の眼を向けさせるにはあまりに眩しい。人工血管の歴史は長く,数多くの改良が先人たちによって重ねられ,近年コーティンググラフトが使用されるに至って高い完成度を誇っている。もちろん,感染や10年以上経ってからのグラフト劣化など課題は残る。よいグラフトの条件として,①組織に同化すること,②血栓化しないこと,③破綻しないことが重要である。その点で,現在本邦で主に使用されている2種のステントグラフトに眼を向けてみる。Zenithはステント配置がセグメントごとになっているため,屈曲があるとステントがグラフトに押し付けられるかたちになる。同部が動脈拍動ごとにグラフトに圧をかけるため,グラフト劣化は通常の人工血管に比べて早いであろうことは想像に難くない。Excluderは,ステントが重なって配置されているため比較的屈曲に強いといわれている。しかし,グラフトに金属があたっていることに変わりはなく,graft tearの報告はそれぞれなされている 17)18) 。一方,器質化については,porosityを下げることとグラフトの強度,low profileであることを求めてつくられているため,疑問のあるところであった。しかし,Zenithを内挿した剖検所見(術後18ヵ月)では,内腔にはびっしりと内膜が張っており器質化が認められた(図1)。
Excluderでは,気質化には乏しいと言われている。再治療においてグラフトを抜去する場合,前者は抜去しがたく,後者は比較的容易に抜去できるという報告が多い。一長一短ではあるが,究極のステントグラフトを求めて,まだ道のりは遠い印象がある。
4.解剖学的適応をどこまで拡げるか
現在,解剖学的適応(企業ベースのinstruction for use;IFU)をどこまで越えて施行できるか,ということに議論がある。もちろん,IFU外の症例はOSが勧められるが,リスクが高く全身麻酔自体が困難な症例も多く,ほかに選択肢がなくやむなくEVARを施行せざるをえないケースもまだ多い。IFU外症例の1つには,中枢ネックが短い場合がある。枝付きステントグラフトは,まだ本邦では認可されていない。1.5cm未満のものはIFU外であるが,1cm程度あればPalmaz stentやAortic cuffを追加してType 1エンドリークを止めることに努めているのが現状である。チムニーテクニックは,腎動脈にステントを入れて腎血流を確保したうえで,ステントごとにステントグラフトを開き,圧着する手技である 19) 。腎動脈へのカニュレーションなど,より煩雑な手順が必要で,被曝量・出血量ともに多くなる可能性があるのが欠点である。角度に関しては,屈曲が大きいと術中のアクセスに困難をきたす場合がある。硬いワイヤーで大動脈を直線化しても,つかえて上がっていかない場合がある。Pull through法を用いるか,ワイヤーを出し引きしながらデバイスを上げていくしかなく,このあたりは経験を要する。また,腸骨動脈は前述の硬いワイヤーを使用したときには折りたたまれたようになることがある(telescoping,もしくはインバギともいわれる)のに注意しなくてはならない。最終撮影で,造影が十分にされないことも時折経験する。その他アクセス不良の場合やshaggy aorta症例など,適応拡大に際して注意すべき点はまだ多い。
5.フォローアップの方法
造影CT(computed tomography angiography;CTA)によるフォローが基本であるが,AAA患者は動脈硬化性病変をもち,ほかにもいくつもの合併症をもつことが多く,腎機能は不良のことも多い。
造影剤腎症のリスクがある場合は,やむなく単純CTで瘤径のみをフォローして,増大時に対処法を考慮するというのが一般的かもしれない。Diasらは,Zenithを使用したEVAR患者279症例のフォローを行い,CTAフォローアップの恩恵を被っているのは10%未満にすぎなかったと報告している。しかし,術後1年のフォローアップは望ましく,またCTAが不可能な場合は単純CTと超音波でのフォローを代替とすべきであるとしている 20) 。CTAの被曝,腎負荷とコストを鑑みて,Duplex ultrasoundでのフォローの可能性を示唆しているManningらの報告があるが 21) ,117人のEVAR患者(フォロー:6ヵ月~9年)のうち1.7%が肥満などで施行不可であり,CTAに比べてエンドリーク同定の特異度は67%と低く課題は多い。
おわりに
本稿では,EVARの今後の課題にフォーカスを当てて述べた。本邦では,委員会(前述)の設置もあり欧米でのEVAR治療のlearning curveをshort cutして導入することに成功し,良好な成績を収めつつある。今後もそれを維持し改善していくうえで,これまで述べたような課題には常に考えを巡らせつつ治療にあたらなければならないと思われる。
文 献
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東京大学大学院医学系研究科外科学専攻血管外科学助教
保科 克行 Katsuyuki Hoshina