Summary
糖尿病のさまざまな臓器障害において,レニン-アンジオテンシン(RA)系阻害による保護効果が報告されている。本稿では,特に標的臓器の組織RA系が重要な役割を担っており,酸化ストレスや炎症を包含する悪性サイクルを形成することで糖尿病臓器障害の発症・進展に大きく寄与している可能性を示す。糖尿病におけるRA系阻害は,臓器障害の発症・進展機序を抑制する本質的な治療薬となりうることが推定される。新たにレニン阻害薬が加わり,今後はいかにアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)と使い分けるべきか,あるいは併用することで相加的な効果が望めるのかといったことが焦点となるであろう。また,組織アンジオテンシンⅡ(AⅡ)産生系を標的とした創薬の可能性についても言及する。
Key words
●レニン-アンジオテンシン系 ●酸化ストレス ●糖尿病 ●キマーゼ ●NAD(P)Hオキシダーゼ
はじめに
近年臨床領域において,レニン-アンジオテンシン(renin-angiotensin;RA)系阻害薬による血圧非依存性の抗動脈硬化作用が多く示されており,循環系RA系とは独立して組織RA系が介在していると考えられている。動脈硬化発症の分子メカニズムとしては,組織アンジオテンシンⅡ(angiotensin Ⅱ;AⅡ)刺激による1型アンジオテンシンⅡ受容体(AT1受容体)の活性化により,細胞内Ca2⁺濃度の上昇とジアシルグリセロール(diacylglycerol;DAG)の産生を介してプロテインキナーゼC(protein kinase C;PKC)が活性化し,NAD(P)Hオキシダーゼによるスーパーオキシドの産生が増加するという機序が推定されている。すなわち,RA系阻害薬は標的臓器局所におけるAⅡ産生を抑制,あるいはAT₁受容体の活性化を抑制することで酸化ストレス亢進状態を改善し,糖尿病大血管症の発症・進展を抑制する可能性が示唆される。筆者らは,糖尿病における心血管系の酸化ストレス亢進に組織AⅡ産生に重要な役割を果たすキマーゼの発現亢進を介した組織RA系の活性化が重要な役割を果たしていることを示す成績を得ている。さらに,RA系阻害薬が糖尿病そのものの発症を抑制することも明らかになった。RA系の活性化はインスリン抵抗性を惹起するほか,膵β細胞障害にも直接関与していると考えられている。
本稿では,糖尿病および血管合併症の発症・進展におけるRA系の役割とRA系阻害の効果について,最近の知見を交え概説する。
1 組織RA系と酸化ストレス
糖尿病合併症の病因として多くの仮説が提唱されているが,なかでも酸化ストレスが注目されている1)-4)。われわれは,高血糖下においてPKC,およびNAD(P)Hオキシダーゼの活性化を介して酸化ストレスが亢進するという経路が糖尿病における合併症の進展に寄与しているという仮説を報告してきた5)6)。活性酸素種(reactive oxygen species;ROS)の主要な産生源であるNAD(P)Hオキシダーゼは,PKC依存的に高グルコースによって活性化される。AⅡはPKCを介してNAD(P)Hオキシダーゼを活性化し,酸化ストレスの亢進を引き起こすことが知られている7)。すなわち,AⅡはAT1受容体に結合し,ホスホリパーゼC(phospholipase C;PLC)を活性化させる。PLCはイノシトール三リン酸(inositol trisphosphate;IP3)とDAGを生成する。IP3は細胞内のCa2⁺の貯蔵部位である小胞体やミトコンドリアに働きCa2⁺を遊離させ,細胞内Ca2⁺濃度を高めることでPKCを活性化し,細胞壁のNAD(P)Hオキシダーゼを活性化するという機序が推定されている(図1)。
以前,われわれは糖尿病モデル動物の腎や膵島において,NAD(P)Hオキシダーゼ構成蛋白の発現亢進に伴って酸化ストレスが亢進することを示し,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(angiotensinⅡreceptor blocker;ARB)投与によりそれらの異常が改善することを報告したので後述する。
2 糖尿病における心血管保護効果とRA系阻害
糖尿病を合併した高血圧患者を対象とした大規模臨床研究においても,RA系阻害薬の糖尿病血管合併症に対する保護効果が多く報告されている。大血管障害については,血管内皮機能障害やプラークの破綻,血管平滑筋細胞の増殖とRA系の関連が動脈硬化症モデル動物を用いた基礎研究や冠動脈血管内視鏡を用いた臨床研究などで示唆されている。糖尿病状態では,最終糖化産物(advanced glycation end-products;AGE)の生成やPKC機能異常,酸化ストレスの亢進などが大血管障害の発症・進展の機序として重要と考えられているが,これらの経路はいずれも組織RA系の活性化と密接にクロストークしている。RA系阻害薬は高血糖の下流に位置するこのような悪性経路を遮断し,動脈硬化の進展を防ぐ可能性が期待される。
3 糖尿病腎症と腎組織RA系
糖尿病腎症は,世界的に腎不全の主要な原因で心血管イベントのリスク増加と関係している。多くの基礎実験や臨床試験において,アンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme;ACE)阻害薬またはARBによるRA系の阻害は,降圧効果とは独立した糖尿病腎症や心血管イベントの抑制効果を示している8)-10)。これらの結果は,腎組織RA系が糖尿病腎症の進展に寄与している可能性を示唆しており,RA系阻害薬は糖尿病腎症を合併した高血圧患者の第一選択薬としてすでに広く臨床の場で活用されている。しかしながら,RA系の阻害がいかにして腎症の進展を抑制しているかという機序に関してはさまざまな経路が報告されているものの,いずれも複雑な腎障害の形成過程を単独で説明できるものではない。われわれは,ARBの糖尿病腎組織における酸化ストレス亢進の抑制効果に着目し,ニトロキシラジカルをスピンプローブとして投与する生体内電子スピン共鳴法(in vivo ESR法)を用いて検討した。ストレプトゾトシン(STZ)誘発糖尿病モデル動物にオルメサルタンを投与することで,腎局所の酸化ストレス亢進がコントロールレベルまで抑制されていることが示された11)(図2)。
しかし一方で,各組織においてはACE非依存性のAⅡ産生系が存在することが知られている。特に,ヒトやハムスターなど一部の動物種においては,セリンプロテアーゼの一種であるキマーゼによる組織AⅡ産生能が非常に強いことが示されている。そこでわれわれは,STZ誘発糖尿病ハムスターを用いてキマーゼ阻害薬とACE阻害薬の酸化ストレスおよび糖尿病腎症改善効果を直接比較した。まず,シリアンハムスター(8週齢)にSTZを腹腔内投与して糖尿病を作製した。非糖尿病コントロール群,キマーゼ阻害薬非投与糖尿病群およびACE阻害薬投与糖尿病群(ramipril(本邦未承認)5mg/kg/日,飲水中投与)には標準飼料のみを投与し,キマーゼ阻害薬投与糖尿病群(10mg/kg/日)には混餌飼料を投与した。投与8週後に深麻酔下で腎摘出あるいは糸球体単離,ジヒドロエチジウム染色を行った。腎症について蛋白尿およびPeriodic acid-Schiff(PAS)染色を用いて評価し,血清および腎組織AⅡ濃度を測定した。腎組織および糸球体ホモジネートにおけるNAD(P)Hオキシダーゼ構成蛋白(Nox4,p22phox),形質転換成長因子(transforming growth factor;TGF)-β,フィブロネクチンの発現を免疫染色法とウエスタンブロット法で,尿中および腎組織の酸化ストレス指標8-ヒドロキシデオキシグアノシン(8-OHdG)を免疫染色法とELISA法を用いて検討した。その結果,ACE阻害薬およびキマーゼ阻害薬は,糖尿病における血清AⅡおよび腎組織AⅡの産生亢進をそれぞれ特異的に抑制し,ACE阻害薬群のみ投与8週後の有意な血圧低下を認めた。また,糖尿病群では非糖尿病群と比して有意にNox4,p22phox,TGF-β,フィブロネクチンの発現,および8-OHdG,スーパーオキシド産生が亢進したが,キマーゼ阻害薬投与群では有意に抑制された。さらに,糖尿病群では非糖尿病群と比して有意に腎組織AⅡ濃度の増加,蛋白尿増加および糸球体メサンギウム領域拡大を認めたが,キマーゼ阻害薬投与により著明に改善した。ACE阻害薬投与群でも同様の傾向を認めたが一部有意差を認めず,またキマーゼ阻害薬投与群に劣っていた12)(図3)。
本研究によって,糖尿病ハムスターにおけるキマーゼ阻害薬による腎組織AⅡ産生抑制とNAD(P)Hオキシダーゼ発現亢進,および酸化ストレス亢進の抑制を伴った腎症改善効果が明らかになった。糖尿病では,キマーゼ発現増加による腎組織RA系の活性化が酸化ストレス亢進を介して腎症の発症に寄与している可能性が推定された。また,その他にもカテプシンGなどの非ACE依存性のAⅡ産生系が存在し,炎症を介して組織RA系の活性化に関与している可能性も示唆されている。
4 膵β細胞障害におけるRA系の関与
HOPE研究のサブ解析において,ACE阻害薬による新規糖尿病発症の抑制効果が初めて報告され,RA系の亢進が耐糖能に何らかの悪影響を及ぼしていることが示唆された。さらに,β遮断薬とARBを比較したLIFE試験でも同様の効果が認められた13)。β遮断薬や利尿薬はインスリン抵抗性を増強することが知られており,一方でAⅡはIRS-1のチロシンリン酸化を抑制しインスリンの細胞内シグナル伝達を減弱させる。そのため,インスリン抵抗性の改善がRA系阻害薬の耐糖能障害に拮抗する主な機序であると考えられてきた。しかし,長時間作用型カルシウム拮抗薬のアムロジピンも腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor;TNF)-αの低下を伴ってRA系阻害薬と同様にインスリン抵抗性を改善するといわれているが,そのアムロジピンと比較したVALUE試験やCASE-J試験でも,ARB群で糖尿病の新規発症が有意に低いことが示された14)15)。これらの試験の結果は,ARBのインスリン感受性改善効果だけでは説明が困難である。以前から膵島組織内にもRA系の主要なコンポーネントが発現していることが知られており16),組織RA系のインスリン分泌能,特に膵β細胞障害に対する作用についても関心が寄せられるようになった。そこでわれわれは,過去に自然発症2型糖尿病マウスLeprdb/Leprdb(db/db)を用い,バルサルタン投与による膵島における酸化ストレス亢進の抑制効果と膵β細胞保護効果について検討した17)。4週間の試験期間後の膵島組織におけるNAD(P)Hオキシダーゼ構成蛋白gp91phoxの発現および酸化ストレスマーカーである4-Hydroxynonenal(HNE)は,非糖尿病コントロールであるヘテロ接合体Dock7m/Leprdb(db/+)と比して増加しており,空胞変性などの膵島組織変化を伴って膵島内インスリン含量が有意に低下していたが,バルサルタン投与群ではこれらの異常が有意に抑制されていた(図4)。
ARBが組織AⅡによるNAD(P)Hオキシダーゼの活性化を阻害し,酸化ストレスが亢進の抑制を介して膵島を保護している可能性が示された。一方で,HIJ-CREATE試験では対照群の約7割がACE阻害薬を投与されているが,ARB投与群ではさらに強力な糖尿病新規発症の抑制効果を認めている18)。このACE阻害薬とARBの差を説明する因子として,ACEを介さない組織RA系の関与が考えられる。すなわち,膵β細胞障害においてもキマーゼなどの非ACE経路による組織AⅡ産生系を介した酸化ストレス亢進機序が当てはまる可能性が示唆され,今後の検討課題である。
5 直接的レニン阻害薬の臨床応用
アリスキレンは,RA系の最上流であるレニンを直接阻害する直接的レニン阻害薬(direct renin inhibitor;DRI)であり,単剤で他のRA系阻害薬と遜色のない降圧効果をもたらし,血中半減期が約40時間と長いのが特徴である。新しいクラスの降圧薬として最近本邦でも臨床使用が可能となった。糖尿病腎症患者では長らく低レニン・低アルドステロン状態であることが多いというのが定説であったため,当初は糖尿病を合併した高血圧患者への臨床効果は一部で疑問視されていた。しかしながら,高血圧を合併した日本人2型糖尿病患者を対象に同剤の腎保護作用を検証した大規模臨床試験であるAVOID(Aliskiren in the Evaluation of Proteinuria in Diabetes)試験では,プラセボ群と比してアリスキレン群では降圧効果とは独立した有意な尿中アルブミン排泄量の減少効果を示した19)。さらに,AVOID試験ではロサルタンとの併用でもDRIが相加的な効果をもつことが示されており,AⅡ以外のRA系生理活性物質の作用をほのめかす結果とも考えられる。実際に,糖尿病患者では高プロレニン状態にあると考えられており,DRIの臓器障害抑制効果がプロレニンの(プロ)レニン受容体への結合阻害を介しているとの報告もある20)。現在進行中の大規模臨床研究によるさらなるエビデンスの集積が期待される。
6 RA系阻害薬に期待されること
上述したように,糖尿病のあらゆる臓器障害においてRA系阻害による保護効果が報告されている。特に,標的臓器の組織RA系が重要な役割を担っており,図5に示すような酸化ストレスや炎症を包含する悪性サイクルを形成することで血管合併症の発症・進展に大きく寄与していると推定される。
RA系阻害薬にも新たにレニン阻害薬が加わり,今後はいかにACE阻害薬やARBと使い分けるべきか,あるいは併用することで相加的な効果が望めるのかといったことが焦点となるであろう。また,組織AⅡ産生系を標的とした創薬も進んでおり,糖尿病においてRA系が果たす役割のさらなる解明につながるものと期待される。
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九州大学大学院医学研究院病態制御内科学助教
前田 泰孝 Yasutaka Maeda
九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点教授
井口登與志 Toyoshi Inoguchi