Summary

 レニン-アンジオテンシン系(RAS)の最上流反応を触媒するレニンの酵素活性を抑制する直接的レニン阻害薬(DRI)が臨床応用されるに至った。DRIのアリスキレンは,ヒトレニンを特異的に阻害し降圧作用が長く続き組織親和性が高いため,臓器保護効果,特に腎保護効果が期待できる。RASを最上流で抑制するDRIは,従来のRAS阻害薬のネガティブフィードバック機構を介した弱点を補強するため,併用療法で安全かつ有用であることがすでに報告されている。(プロ)レニン受容体との関係にいまだ不明な点もあるが,従来のRAS阻害薬を超えた降圧と臓器保護効果が期待できるため,近い将来に第1選択薬となりうる降圧薬である。


Key words

●アスパラギン酸プロテアーゼ ●レニン活性 ●アンジオテンシンⅡ ●アルドステロン ●(プロ)レニン受容体



はじめに

 レニンは,アンジオテンシノーゲン(angiotensinogen;AGT)のN末端から10番目のロイシンと11番目のバリンのアミノ酸結合を切断し,10個のアミノ酸であるアンジオテンシン(angiotensin;Ang)Ⅰを産生する。カルボキシプロテアーゼであるアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme;ACE)は,AngⅠのC末端から2個のアミノ酸を切断して8個のアミノ酸であるAngⅡを産生する。AngⅡは,主にAngⅡタイプ1受容体に結合してその作用を発揮する。これを,レニン-アンジオテンシン系(renin-angiotensin system;RAS)と呼び,循環RASは血圧と体液の維持に,組織RASは局所の炎症調節や細胞増殖に重要な役割を果たしている。RASを抑制する降圧薬としてACE阻害薬やAngⅡタイプ1受容体拮抗薬(angiotensin receptor blockers;ARB)が臨床で用いられてきたが,最近RASの最上流を抑制する降圧薬として直接的レニン阻害薬(direct renin inhibitor;DRI)が臨床使用可能になり,他のRAS阻害薬にはない特徴と有用性に注目が集まっている。



1 レニン活性とレニン阻害薬

 レニンは,340のアミノ酸で構成される糖蛋白でペプシン,カテプシンD,キモシンなどのアスパラギン酸プロテアーゼ類に属する酵素の1つである。アスパラギン酸プロテアーゼ類酵素に共通する立体構造の特徴は,図1で示すようにL字型蛋白が左右対称に向かい合い,その間に長く深い溝(cleft)を有することである。



Cleftの底部に2つのアスパラギン酸残基が存在し,それが蛋白分解酵素活性中心としてAGTのN末端から10番目のロイシンと11番目のバリンのアミノ酸結合を切断し,10個のアミノ酸であるAngⅠを産生する。このAGTからAngⅠが産生される現象を「レニン活性」と呼ぶ。すべてのDRIは,cleftに入ることによってAGTの酵素活性中心への到達を阻害し,「レニン活性」を抑制する。特に,ヒトレニンのcleftには特徴的なS3SPポケットと呼ばれる窪みがあり,世界で最初に臨床応用されたDRIであるアリスキレンは,その構造の一部がS3SPポケットに入り込むように設計・合成されている1)。傍糸球体細胞における交感神経を介したレニンの産生と分泌を抑制する降圧薬としてβ交感神経遮断薬が知られているが,β交感神経遮断薬は圧・ナトリウム・AngⅡによるレニン産生・分泌には無効であるため,DRIは血漿レニン活性(plasma renin activity;PRA)を確実に低下させる唯一の降圧薬である。



2 レニン阻害薬の利点―ACE阻害薬,ARBと比較して―

 ACE阻害薬を患者に投与すると,図2で示すようにAngⅠからAngⅡへの変換が抑制されるが,RASのネガティブフィードバック機構が働きPRAが上昇するため,結果的にAngⅠは増加する。



心不全や慢性腎臓病など病態を有する組織においては,キマーゼのようなセリンプロテアーゼ類の酵素の発現が増加することが知られており,増加したAngⅠの一部はこれら酵素によってACE非依存性にAngⅡに変換する。したがって,長期にわたるACE阻害薬投与は,期待されるほど組織AngⅡ産生を抑制しない。しかし,DRIは上流でRASを抑制し組織AngⅠを低下させるため,ACE依存性・非依存性にかかわらず組織AngⅡ産生を有意に抑制する。実際に,糖尿病ラットの心臓組織においてACE阻害薬のベナゼプリルは組織AngⅡ量を減少させたが,DRIアリスキレンによる組織AngⅡ減少作用はさらに大きく,インスリンで血糖を厳格にコントロールした際の心臓組織AngⅡ量と同程度にまで減少していた2)。

 AngⅡタイプ1受容体を阻害するARBもまたRASのネガティブフィードバック機構を介してPRAを上昇させ,その結果AngⅠおよびAngⅡは増加する。増加したAngⅡは副腎に存在するAngⅡタイプ2受容体を介してアルドステロン産生を刺激し,増加したアルドステロンは昇圧や間質の線維化に関与する。一方,DRIは上流でRASを抑制し組織AngⅡを低下させるため,副腎AngⅡタイプ2受容体を介したアルドステロン産生は抑制される。実際に,左室肥大を伴った高血圧患者を対象にしたALLAY研究において,ARBのロサルタンで影響を受けなかった血漿アルドステロン濃度がDRIアリスキレンの単独あるいは追加治療によって有意に減少することが報告されている3)。



3 レニン阻害薬アリスキレンの薬理学的特徴

1.ヒトレニン特異性

 ヒトレニンに特徴的なS3SPポケットに入り込むための突起構造を有するアリスキレンは,いくつかの薬理学的特徴を有する。まずは種特異性であり,ヒトやマーモセットにはnMレベルで阻害効果を発揮するが,イヌやラットへの阻害には100~10000倍の高濃度を必要とする。次に基質特異性であり,レニン以外のアスパラギン酸プロテアーゼのcleftには入りがたいため,レニン以外の酵素活性を阻害せず副作用の危険が少ないと考えられる。



2.長時間作用性

 DRIアリスキレンは血中半減期が40時間とRAS阻害薬のなかで最も長く,長時間作用型カルシウム拮抗薬であるアムロジピンの半減期(30~50時間)に匹敵する。そのため降圧効果は持続し,服薬中止後2週間経過しても降圧効果が認められている4)。ARBのイルべサルタンやACE阻害薬のramipril(本邦未承認)を1回飲み忘れると24時間自由行動下血圧は上昇してしまうが,アリスキレンを1回飲み忘れても24時間自由行動下血圧は変わらず低下したままであることが報告され5),アリスキレンの効果が長時間持続することが証明されている。



3.組織親和性

 すべてのARBはその90%以上が血中で蛋白と結合しているのに対し,アリスキレンは約50%が蛋白に結合していない活性体として存在し組織や細胞への移行性において優れている(表1)。



実際に,NYHA分類Ⅱ~Ⅳ度で血漿脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide;BNP)100pg/mL以上の心不全と高血圧を有し,ACE阻害薬あるいはARBで治療されている血清クレアチニン2.0mg/dL未満の心不全合併高血圧患者302名を対象にしたALOFT研究において,アリスキレン150mg/日を12週間投与された患者群は,心不全患者予後の鋭敏な予測因子である血漿BNP,BNP前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)が偽薬群に比べ有意に低下した6)。



4.腎保護効果

 分子量552の水溶性薬剤であるアリスキレンは糸球体基底膜を自由に通過すると考えられるが,尿中には0.6%しか排泄されず(表1),おそらく尿細管で再吸収されネフロン内を循環して腎臓内にこの薬剤が高濃度で存在していることが予想される。実際に,糖尿病ラットに静脈投与された¹⁴Cでラベルしたアリスキレンが腎臓の糸球体と血管系に集積することが観察されており7),前述の組織移行性とともにアリスキレンの優れた腎保護作用の可能性を示唆する特徴と考えられる。実際に,軽症~中等症の高血圧を伴い蛋白尿を有する2型糖尿病患者599名を対象にしたAVOID研究において,アリスキレンによる優れた腎保護効果が報告されている8)。すべての患者は,RENAAL研究9)のようにARBのロサルタン100mg/日で12~14週間治療された後に,アリスキレン150~300mg/日追加投与群と偽薬追加投与群に無作為に振り分けられ24週間治療された。その結果,アリスキレン追加投与群ではロサルタン単独投与群に比べアルブミン尿はさらに有意に減少していた。一般に,RAS抑制は輸出細動脈の拡張を介して糸球体濾過率を低下させるが,驚くべきことにアリスキレンによるRAS抑制は糸球体濾過率をさらに低下させることはなかった。健常人を対象にした研究で,アリスキレンはすべてのRAS阻害薬のなかで最も腎血流量を増加させることが報告されている10)。また,アリスキレンによる腎血流量変化量は糸球体濾過率の変化量と正の相関関係を示す11)。ARBやACE阻害薬と異なり,アリスキレンにはRAS抑制による糸球体濾過圧の低下を補うほど腎血流量を増加させ糸球体濾過率を維持させる作用が備わっていると考えられる。



4 降圧効果は血漿レニン活性に依存するか?

 アリスキレンは,レニン活性を抑制することによってRASを抑制し血圧を下げるため,PRAが低下した患者では降圧効果を発揮しない可能性が危惧されていた。しかし最近,アリスキレンを12週間にわたり長期投与し24時間自由行動下血圧を評価すると,その降圧効果は低PRA患者,正常もしくは高PRA患者で同等であり,その効果はいずれもACE阻害薬より優っていたことが明らかになった12)。アリスキレンは組織親和性が高く,組織レニン活性を抑制することによって前述のようなACE阻害薬より強力な組織AngⅡ産生抑制作用を発揮するため2),低PRA患者であっても組織RASが活性化した患者では十分な降圧効果を発揮したと考えられた。



5 (プロ)レニン受容体との関係

 図3で示すように,不活性酵素プロレニンが全身臓器に存在する(プロ)レニン受容体に結合すると,プロレニンが活性化し組織RASを活性化するとともに,(プロ)レニン受容体の細胞内シグナルが惹起される13)。



われわれは最近,(プロ)レニン受容体を介した機能に対するDRIの影響についてin vitroで検討した。その結果,図4で示すように培養ヒト糸球体上皮細胞において,プロレニン負荷による細胞内AngⅡ産生をアリスキレンは有意に抑制し,ヒト糸球体上皮細胞におけるAngⅡ濃度抑制効果はACE阻害薬やARBよりも強力であることが明らかにされた14)。



しかし一方で,プロレニン負荷による(プロ)レニン受容体依存性細胞内シグナルは,DRI,ACE阻害薬,ARBのいずれによっても抑制されず14),むしろこれらRASのネガティブフィードバックを介して増加したレニンやプロレニンによって,(プロ)レニン受容体シグナルは増強する可能性が考えられた。しかし,ヒトにおいて(プロ)レニン受容体シグナルが有害か有益かについて十分な結論が出ていないこと,アリスキレンを糖尿病ラットに投与すると(プロ)レニン受容体mRNA発現の抑制が起きることから7),DRIと(プロ)レニン受容体シグナルとの関係については,さらに引き続き検討すべき課題と考えられる。



6 安全性と使用における留意点

 これまでの臨床研究において,アリスキレンの単独療法または他のRAS阻害薬との併用療法による副作用(頭痛,疲労感など)や検査異常値(血清K値やクレアチニン値の上昇)の出現頻度は,偽薬・他のRAS阻害薬単独療法のいずれと比べても同等に安全であることが報告されている。2009年の米国腎臓学会において,ロサンゼルス透析センターの透析患者38名にDRIアリスキレンを投与し,降圧効果と安全性を観察した使用経験が報告されたが,アリスキレン300mg/日投与によって1ヵ月後に血圧は有意に低下し,驚くべきことに血清K値は4.9mEq/Lから4.8mEq/Lへと上昇はみられなかった。しかし,ALOFT研究では有意差のない高K血症の傾向が認められているため6),高齢者や腎機能低下患者など高K血症に対するリスクの高い患者への投与の際にはやはり血清K値の変動に注意が必要と考えられる。

 アリスキレンによる副作用として,600mg/日投与による下痢が報告されている。最大用量は300mg/日であるため通常使用においては問題ないと思われるが,アトルバスタチン大量投与との併用で血中濃度の増加が報告されているため注意が必要である。また,アリスキレンは胆汁中でトランスポーターであるP糖蛋白と結合し,主に糞便中へ排泄される。P糖蛋白はシクロスポリンによって抑制されるため,シクロスポリン併用によってアリスキレンの血中濃度は5倍以上に増加する。したがって,シクロスポリン内服中のネフローゼ症候群患者などではアリスキレンの併用は禁忌である。



おわりに

 DRIアリスキレンは,その薬理学的特徴からACE阻害薬やARBを超える有用性と安全性が期待され,そのエビデンスが確立しつつある新しいRAS阻害薬である。今後の課題として,(プロ)レニン受容体との関係を明らかにすること,第1選択降圧薬としてのエビデンスを構築することが切望されている。


文 献

1)Wood JM, Maibaum J, Rahuel J, et al:Structure-based design of aliskiren, a novel orally effective renin inhibitor. Biochem Biophys Res Commun 308:698-705, 2003

2)Singh VP, Le B, Khode R, et al:Intracellular angiotensin Ⅱ production in diabetic rats is correlated with cardiomyocyte apoptosis, oxidative stress, and cardiac fibrosis. Diabetes 57:3297-3306, 2008

3)Solomon SD, Appelbaum E, Manning WJ, et al:Effect of the direct renin inhibitor aliskiren, the angiotensin receptor blocker losartan, or both on left ventricular mass in patients with hypertension and left ventricular hypertrophy. Circulation 119:530-537, 2009

4)Oh BH, Mitchell J, Herron JR, et al:Aliskiren, an oral renin inhibitor, provides dose-dependent efficacy and sustained 24-hour blood pressure control in patients with hypertension. J Am Coll Cardiol 49:1157-1163, 2007

5)Palatini P, Jung W, Shlyakhto E, et al:Maintenance of blood-pressure-lowering effect following a missed dose of aliskiren, irbesartan or ramipril;results of a randomized, double-blind study. J Hum Hypertens 24:93-103, 2010

6)McMurray JJ, Pitt B, Latini R, et al:Effects of the oral direct renin inhibitor aliskiren in patients with symptomatic heart failure. Circ Heart Fail 1:17-24, 2008

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8)Parving HH, Persson F, Lewis JB, et al:Aliskiren combined with losartan in type 2 diabetes and nephropathy. N Engl J Med 358:2433-2446, 2008

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10)Fisher ND, Jan Danser AH, Nussberger J, et al:Renal and hormonal responses to direct renin inhibition with aliskiren in healthy humans. Circulation 117:3199-3205, 2008

11)Splenser AE, Fisher ND, Danser AH, et al:Renal plasma flow;glomerular filtration rate relationships in man during direct renin inhibition with aliskiren. J Am Soc Hypertens 3:315-320, 2009

12)Andersen K, Weinberger MH, Constance CM, et al:Comparative effects of aliskiren-based and ramipril-based therapy on the renin system during long-term(6 months)treatment and withdrawal in patients with hypertension. J Renin Angiotensin Aldosterone Syst 10:157-167, 2009

13)Nguyen G, Delarue F, Burckle C, et al:Pivotal role of the renin/prorenin receptor in angiotensin Ⅱ production and cellular responses to renin. J Clin Invest 109:1417-1427, 2002

14)Sakoda M, Ichihara A, Kurauchi-Mito A, et al:Aliskiren inhibits intracellular angiotensin Ⅱ levels without affecting (pro)renin receptor signals in human podocytes. Am J Hypertens 23:575-580, 2010


慶應義塾大学医学部抗加齢内分泌学講座准教授

市原 淳弘 Atsuhiro Ichihara


慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科教授

伊藤 裕 Hiroshi Itoh