<< 一覧に戻る

多発性囊胞腎における最近の研究と治療の進歩

多発性囊胞腎の病態と治療

―最近の治験動向を含めて―

奴田原紀久雄

Nephrology Frontier Vol.10, No.2, 20-23, 2011

SUMMARY
 常染色体優性多発性囊胞腎(ADPKD)は,PKD1遺伝子ないしPKD2遺伝子の異常によって発症し,約半数は60歳代で終末期腎不全に至る疾患である.臨床的には腎容積の増加に伴い腎機能が悪化することが知られており,囊胞の増大を抑制すれば腎機能の悪化を回避できる可能性が示唆されている.
 現在,ADPKDの細胞増殖には以下の機序が考えられている.PKD1,PKD2遺伝子の遺伝子産物であるポリシスチン1とポリシスチン2は複合体を作り,尿細管管腔の primary cilia細胞膜上に存在する.この複合体はCaを細胞内に流入させるチャンネルとして働き,細胞内情報の活性化を担う.ADPKD細胞ではこのチャンネルの機能障害があり,細胞内のCa濃度が低下し,細胞内cAMPの増加をもたらす.cAMPは正常の尿細管細胞では細胞増殖に関して抑制的に働くが,ADPKD囊胞上皮細胞では細胞増殖を促進する.
 一方,腎集合管細胞に存在するバソプレシンV2受容体(VPV2R)を刺激すると,細胞内cAMPは増加し,抗利尿効果が見られる.VPV2R拮抗薬は,細胞内cAMPの増加を抑制し,VPV2Rが存在するADPKD細胞で細胞増殖を抑制する可能性がある.VPV2R拮抗薬のOPC-31260やOPC-41061(トルバプタン)が,囊胞腎モデル動物の囊胞形成抑制や退縮をもたらすことが報告されている.トルバプタンは低Na血症や心不全の治療薬として既に臨床で用いられているが,上記の機序よりADPKDの治療薬となる可能性があり,現在日米欧での国際共同治験が進行中である.また,ソマトスタチンアナログやmTOR阻害薬の治療薬としての可能性についても言及する.

KEY WORDS
◆ 多発性囊胞腎 ◆ 繊毛 ◆ cAMP ◆ MAP kinase ◆ バソプレシンV2受容体

Ⅰ はじめに

 常染色体優性多発性囊胞腎(autosomal dominant polycystic kidney disease:ADPKD)は1,500~2,000人に1人発症する,最も頻度の高い遺伝病である1).ADPKDはPKD遺伝子であるPKD1(16p13.3)遺伝子ないしPKD2(4q21)遺伝子の変異で発症し,両側の腎臓に無数の囊胞が進行性に発生増大し,70歳までに約半数が終末期腎不全に陥る.腎臓以外にも頭蓋内動脈瘤,心弁膜症,肝囊胞,膵囊胞,高血圧,大腸憩室などの合併も比較的多く見られる.患者全体の85%がPKD1遺伝子変異,15%がPKD2遺伝子変異とされている2).本症は常染色体優性遺伝のため,片親に本症が認められる場合には,子供にこの遺伝子変異が受け継がれる確率は1/2になる.これは兄弟の数によって異なるものでなく,子全員が囊胞腎になることもあり得るし,子全員が囊胞腎でない場合もあり得る.一般には両親のうち片親のみが囊胞腎であるので,患者は受精卵のレベルでは異常な遺伝子を1つと正常な遺伝子を1つ受け継ぐ.この正常である遺伝子が働いている間には囊胞形成は起こらないが,正常なPKD遺伝子に体細胞変異が起こると,PKD遺伝子は機能を喪失し,腎臓であれば囊胞形成が始まる(ツーヒットによる発症)3).ツーヒットは同一時期にすべての正常遺伝子で起こるわけではないので,小児期には画像診断で囊胞を全く確認できないこともある.また,ツーヒットの起こり方は個々人で異なるため,同じ家系のなかでも囊胞形成の進行速度は異なる.

Ⅱ 囊胞発生の機序

1.PKD蛋白と繊毛

 脊椎動物のほとんどの細胞に,繊毛と呼ばれる細胞小器官が存在する.繊毛は波動運動を行う運動性繊毛と,一次繊毛を含む非運動性繊毛に分類される.運動性繊毛の多くは内部構造(軸糸)が周辺9本,中央2本の微少管からなり(9+2構造),モーター蛋白のダイニンを持つ.非運動性繊毛の多くは9+0構造をとり,ダイニンは持たない.運動性繊毛は細胞の運動(精子の鞭毛:尾部)や外液の移動(気管や卵管の上皮繊毛,ノード繊毛など)に関与し,非運動性繊毛は化学受容(嗅繊毛),光受容(視神経外節),機械受容(一次繊毛),パラクリン情報伝達(一次繊毛)に関与している.一次繊毛の機能異常により囊胞性腎疾患,網膜萎縮,肝線維症などの遺伝性疾患が引き起こされ,繊毛病(ciliopathy)と呼ばれる4).
 PKD1とPKD2の蛋白はそれぞれポリシスチン1(PC1)とポリシスチン2(PC2)である.PC1とPC2は蛋白複合体を形成し,尿細管の繊毛(一次繊毛)上に存在する.繊毛に存在するPC1とPC2蛋白は,尿細管内の溶液の流れによって繊毛が折り曲げられるとCaチャンネルとして働き,細胞質内にCaを流入させる(機械受容).このCaの流入は,さらに小胞体内から細胞質へのCa放出などを刺激し,細胞質内Ca濃度の上昇を引き起こす5).しかし,ADPKDの尿細管細胞ではその機能が失われ,細胞内のCa濃度は上昇しない6)(図1).

記事本文はM-Review会員のみお読みいただけます。

メールアドレス

パスワード

M-Review会員にご登録いただくと、会員限定コンテンツの閲覧やメールマガジンなど様々な情報サービスをご利用いただけます。

新規会員登録

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

一覧に戻る