哺乳類進化の過程において,味覚は食物中の栄養分感知,毒物忌避等の目的にて生命に直結する機能を有していたと考えられるが,現代においてそうした生命機能としての意義は薄れ,むしろ食事の味わいというquality of life(QOL)の1側面として捉えられるようになっている。そのため近代医療において,例えば抗がん剤治療の副作用として味覚異常症が出現した場合,いわゆる五感(視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚)の一つでありながら,生命予後を優先する臨床医療現場においては軽視され,その結果,味覚異常症の治療法の開発は遅れたといってよい。しかし,現代医療において治療技術の進歩から,抗がん剤治療を続けながら長期に生存する悪性腫瘍症例が増加していることから,あらめて味覚再生の意義の重要性が認識されるようになってきている。筆者らのグループでは,独自の成体幹細胞同定法の開発によって味覚感知細胞の維持・再生を担当する味蕾幹細胞を同定した。また,味蕾を擁する茸状乳頭を模した構造を有する味蕾オルガノイドの樹立にも成功した。味蕾幹細胞の解析を通じて味覚の制御法・再生法の開発にどのように結びつけていき得るのか本稿にて考察したい。
「KEY WORDS」味蕾,味覚,味蕾幹細胞,味覚異常症
「KEY WORDS」味蕾,味覚,味蕾幹細胞,味覚異常症