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マイクロRNAと循環器疾患

心筋細胞分化とマイクロRNA

(幹細胞の心筋分化とマイクロRNA)

髙谷智英長谷川浩二

血管医学 Vol.12 No.3, 53-59, 2011

Summary
きわめて分裂能が乏しい心筋細胞の傷害を伴う心疾患には薬物療法では限界があり,その抜本的な治療法として再生医療に大きな期待が寄せられている.心筋再生療法を実現化するには,幹細胞の心筋分化機構の解明が必須である.これまで,万能性幹細胞である胚性幹(ES)細胞の心筋分化が世界中で研究されてきたが,近年,人工多能性幹(iPS)細胞の樹立や,体細胞から心筋細胞への形質転換といった目覚ましい発見が続き,再生医療のストラテジーも大きく変化しつつある.同時に,これら幹細胞の維持・増殖・分化・リプログラミングにマイクロRNA(microRNA;miRNA)が密接に関与していることが明らかになってきた.本稿では,心筋分化を中心に幹細胞とmiRNAについて概説する.

Key words
◎マイクロRNA ◎ES細胞 ◎iPS細胞 ◎心筋分化 ◎再生医療

はじめに

 心筋細胞は胎生期には活発に増殖を続けて心臓を形成するが,生後間もなく増殖が止まるため,収縮機能不全(心不全),とくに心筋梗塞や心筋症などの心筋傷害を伴う症例の根治はきわめて困難である.心不全に対するβ遮断薬やアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme;ACE)阻害薬による薬物治療では短期予後の改善を認めるが,重症心不全患者の5年生存率は50%を下回っている.この状況を克服するため,幹細胞から分化させた心血管細胞で患部を補い新生する再生療法が世界中で研究・検討されてきた.再生医療に用いる細胞資源には,骨髄由来細胞や血管内皮前駆細胞などの体性幹細胞や,胚性幹(embryonic stem;ES)細胞や人工多能性幹(induced pluripotent stem;iPS)細胞といった万能性幹細胞が考えられている.また最近では,体細胞を心筋細胞などの目的とする細胞に直接形質転換する研究も進んでいる.
 このような流れと並行して,近年,マイクロRNA(microRNA;miRNA)が幹細胞の維持・増殖・分化・リプログラミングに果たす重要な役割が急速に明らかになってきた.以下,ES細胞の心筋分化を中心に,幹細胞とmiRNAの関連について概説する.

ES細胞の自己複製・多分化能とmiRNA

 着床前受精卵(胚盤胞)の内部細胞塊に由来するES細胞は,三胚葉のすべてに分化できる多分化能(pluripotency)とともに,未分化状態を維持したまま無限に自己を複製する(self-renewal)能力を併せもつ1).したがって,大量培養したES 細胞の適切な分化誘導が可能になれば,さまざまな領域で再生医療の細胞資源として用いることができる.
 発生・分化におけるmiRNAの機能を調べるため,RNaseⅢ遺伝子Dicer1や二重鎖RNA結合タンパク質遺伝子DiGeorge syndrome critical region gene(Dgcr)8をノックアウト(KO)し,miRNAの合成が網羅的に阻害されたマウスやES細胞が作出されている.Dicer1 KOマウスはE7.5までに胚性致死を示し,多能性因子であるオクタマー結合転写(octamer-binding transcription factor;Oct)4の発現も認められない2).同様に,E8.5から心筋特異的にDicer1がKOされるトランスジェニックマウスも,E12.5までに心臓形成不良による心不全性の致死に至る3).Dicer1KO ES細胞ではOct4の発現が認められるが,分裂能に著しい欠陥があり,胚様体(embryoid body;EB)形成による分化誘導後も内胚葉および中胚葉マーカーを発現せずに8日目で増殖が停止する4)5).これらの結果は,miRNAが心臓発生を含む細胞の増殖・分化に必須であることを示している.Dgcr8KO ES細胞の表現型はDicer1のKOと若干異なり,EB形成16日以後も分化と増殖が続く6).Dgcr8KO ES細胞はOct4やNanogを発現することから,いくつかのmiRNAは多能性因子を抑制することでES細胞の分化を促進すると考えられる.
 実際,心筋分化誘導にも用いられるレチノイン酸によって発現が亢進するmiR-134,miR-296,miR-470は,Sox転写因子(Sox transcription factor;Sox)2,Nanog,Oct4を標的とすることでES細胞の分化を促進する7).また,miR-145はOct4,Sox2,Krüppel様転写因子(Krüppel-like transcription factor;Klf)4を直接標的とし,ES細胞の自己複製を阻害して分化を亢進する8).miR-145は,未分化な細胞ではOct4による抑制を受けているが,分化の進行に伴って発現が増加する.
 逆に,未分化ES細胞特異的に発現するmiRNA群の多くは,EB形成などで誘導される分化とともに発現が減少する9).たとえば,ES細胞特異的なmiR-290クラスターは,網膜芽細胞腫様タンパク質p130(retinoblastoma-like protein2[p130];Rbl2)を標的とすることで間接的にDNAのメチル化を制御しているが,これらのmiRNA量は分化の進行とともに減衰する10)11).
 今後,幹細胞をより効率よく目的の細胞に分化させるには,miRNA依存的に制御される自己複製能や多分化能の解除が必要となるかもしれない(図1).

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