マイクロRNAと循環器疾患
マイクロRNAによるホメオボックスの発現制御
―マイクロRNA による発現調節と病態への関与―
血管医学 Vol.12 No.3, 47-52, 2011
Summary
ホメオティック遺伝子は体節に沿って組織・器官を規定する転写因子であり,positional memoryを司る分子である.このホメオティック遺伝子の体性幹細胞における役割として,脂肪幹細胞に着目して検討を行った.ヒト脂肪前駆細胞ではホメオボックス(homeobox;Hox)C8が高発現しており,脂肪前駆細胞の分化に伴いHoxC8の発現が低下したが,脂肪分化に伴いマイクロRNAであるmiR-196aの発現が上昇し,HoxC8の発現を低下させることがわかった.さらにこのmiR-196aを脂肪特異的に過剰発現させたマウスを作製したところ,高脂肪食負荷下で野生型マウスと比して著明な体重の減少が認められた.脂肪特異的miR-196a過剰発現マウスでは,白色脂肪細胞の小型化に加えて,白色脂肪内に褐色脂肪組織が存在することがわかった.
Key words
◎ホメオティック遺伝子 ◎肥満 ◎脂肪分化
脂肪前駆細胞の応用研究
近年,脂肪組織に骨髄由来の間葉系幹細胞と同様の細胞群が存在することが報告され,より簡便な細胞用治療の供給源として期待されている.ヒト脂肪組織から得られた脂肪前駆細胞は分化誘導刺激により脂肪細胞へと高率に分化する一方で,培養条件に依存して骨分化あるいは一部は神経分化も可能であり,単なる脂肪前駆細胞ではなく脂肪由来幹細胞(adipose tissue derived stromal cells;ADSC)と定義される細胞群となっている.マウス白色脂肪組織から同様にADSCを培養したのちに表面抗原を検討した結果,幹細胞のマーカーとして知られているSca-1が陽性(c-kitは陰性)を示した.さらに詳細な解析では造血系幹細胞のマーカーであるCD45などが陰性であったのに対して,間葉系幹細胞のマーカーであるCD44が陽性を示し,骨髄由来の間葉系幹細胞に非常に似通ったパターンを呈した.脂肪組織からはアディポサイトカインなどさまざまな生理機能を有する分子が分泌されることが報告されているが,ADSCにおいても肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor;HGF)や血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor;VEGF)など,多くの増殖因子が分泌されていた.
成人での血管新生には,内皮細胞の増殖能,遊走能,管腔形成能が必須であるが,ADSCから分泌される血管新生作用を有するサイトカインがこれにどのような作用を与えるかに関して検討を行った.ヒト大動脈由来の血管内皮細胞とADSCの共培養系などでの検討を行った結果,ADSCと血管内皮細胞を共培養させた場合のほうが,血管内皮細胞同士を共培養させた場合よりも細胞増殖能が有意に亢進した.さらに,細胞の遊走能,管腔形成能についても検討したところ,ADSCと血管内皮細胞を共培養した場合のほうが内皮細胞同士を共培養させた場合よりも有意に遊走能,管腔形成能が亢進していた.また,これらの血管内皮細胞の増殖能,遊走能はVEGFあるいはHGFの中和抗体の投与により有意に抑制された.つまり,ADSCからは血管内皮細胞の増殖能,遊走能,管腔形成能を亢進させ血管新生を誘導させる内皮細胞活性因子が分泌されており,ADSCによって血管新生が促進されると考えられた.
さらに,マウス下肢虚血モデルを用いてADSCが血管新生を誘導できるかどうかを検討した.虚血部位にADSCを局所注入し,皮下の血流を測定して左右血流比を比較した結果,ADSC注入群では生理食塩水を注入したコントロール群と比較して左右血流比が有意に改善していた.さらに虚血部位の切片における内皮細胞特異的マーカーであるCD31陽性細胞を観察したところ,ADSC注入群のほうがコントロール群よりも有意に増加していた.しかし,緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein;GFP)でラベルしたADSCを局所で観察してみると,注入後1週間で注入細胞は激減し,また長期的観察では血管への分化は皆無であった.
以上により,虚血部位に注入されたADSCは分泌される増殖因子によるパラクライン効果により血管内皮細胞を増加させることが示されたが,ADSCの局所生存・分化はほとんど確認できないことがわかった1)
ホメオティック遺伝子と脂肪前駆細胞
上記のADSCを用いた応用研究の課題として,移植細胞を局所でいかに分化制御するかという課題が残った.すなわち,培養細胞環境下で観察した事象が病態局所で再現できない理由としてわれわれが考えた仮説は,ADSCが元来生体の中で有している遺伝子情報が,この細胞の成体局所での異所性分化に抑制的にはたらいているのではないかということであった.そこで着目した遺伝子がホメオティック遺伝子である.ホメオティック遺伝子は発生期に体節に沿って組織・器官を規定する転写因子であるが,成体でもその発現は維持されており,いわゆるpositional memoryを司る分子である.すなわち,この生体での位置情報を司るホメオティック遺伝子がADSCの分化を制御している遺伝子のひとつなのではないかと考えた.近年,このホメオティック遺伝子の体性幹細胞における同様の興味深い役割が報告されている.たとえば,HoxB4は造血幹細胞のex vivoでの増殖に重要であること2),HoxB1が神経幹細胞(前駆細胞)の細胞運命特定と増殖能を規定すること3),HoxA11は筋芽細胞の分化に関与することなど4),総じて体性幹細胞の分化にホメオティック遺伝子が関与している可能性が示唆されている.そこで,ADSCとホメオティック遺伝子との関連に関して検討を進めた.
このホメオティック遺伝子群の転写調節機構に関しては特徴的なことが2つ報告されている.一般に,成体では異所性分化を抑制するためにホメオティック遺伝子の転写調節は強固に維持されていること,このタンパクレベルの発現調節にマイクロRNA(microRNA;miRNA)が関与していることである.すなわち,ホメオティック遺伝子には同じ遺伝子座のなかに標的とされるmiRNAが多く存在して翻訳後修飾の制御を担うなどの興味深い特徴を有するため,体性幹細胞の分化制御という視点からホメオティック遺伝子の発現制御でのmiRNAの役割に着目し,脂肪前駆細胞での分化制御機構に関して検討を行った.
まずADSCに高発現しているホメオティック遺伝子を検索した.ADSCからメッセンジャーRNA(messengerRNA;mRNA)を回収し,ホメオティック遺伝子発現を網羅的に検討した結果,HoxC6およびHoxC8の発現が非常に高値であった(図1).

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