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マイクロRNAと循環器疾患

血管新生とマイクロRNA

大塚基之

血管医学 Vol.12 No.3, 25-32, 2011

Summary
マイクロRNA(microRNA;miRNA)は,標的遺伝子の発現を精緻に調節することでさまざまな生理機能にかかわっているが,血管新生の場面においても重要な制御因子として機能している.たとえばmiRNAの産生に必須の分子であるDicerの遺伝子改変マウスは血管新生不全をきたすことから,miRNAは総体としては血管新生を正の方向に制御していると考えられる.しかし,miRNAを個別にみると血管新生促進的にはたらくものも抑制的にはたらくものも存在する.miRNAが血管新生に与える影響の大きさを鑑みると,今後,血管新生制御因子として治療標的にできる可能性を秘めていると考えられるが,実際に臨床応用に向かうためには さらに詳細な解析が必要である.

Key words
◎マイクロRNA ◎血管新生 ◎Dicer ◎血管内皮細胞

はじめに

 血管系の形成は未分化間葉細胞が索状に集積し血管内皮前駆細胞に分化していく「血管発生(vasculogenesis)」で始まり,次に,既存の血管内皮細胞が増殖・遊走し枝分かれしてネットワークを形成する狭義の「血管新生(angiogenesis)」のフェーズを経る.この血管新生は,生理的には発生期においてのみみられる現象であり,健康な成体では(月経周期のある女性器を除けば)血管内皮は静止期(quiescent)にあってその活動は抑制されている.しかしながら,ひとたび病的な状態(創傷治癒,炎症,癌,動脈硬化,血管増生を伴う疾患など)に陥ると,血管新生因子などのはたらきによって静止期にあった血管内皮細胞が活性化され,血管新生が誘導される.
 血管新生に際しては,①血管内皮が増生し,②間質を分解し,③浸潤し,④管腔を形成し,⑤成熟した血管が形成されるプロセスを必要とする.したがって,血管新生は時空間的にさまざまな細胞や分子を巻き込んだ複雑な事象ではあるが,まずは血管内皮細胞内での必要十分な遺伝子発現を要する.
 マイクロRNA(microRNA;miRNA)は,遺伝子をコードしない21mer前後の短い機能性RNAの一種で,自らと近似した相補的な塩基配列を3’非翻訳領域(untranslated region;UTR)にもつメッセンジャーRNA(messengerRNA;mRNA)を標的とし, そのmRNAの分解もしくは翻訳の抑制を介して遺伝子発現を調節している.本稿の執筆時点(2011年5月)で1,400種以上のmiRNAがデータベースには収載されているが,miRNAが標的mRNAを認識するのには完全な相補性を必要としないために,現状ではmiRNAとその標的mRNAのすべてを明らかにできているわけではない.したがって,血管新生にかかわるmiRNAに限ってもまだ全貌は明らかではないが,以下ではこれまでに報告されている血管新生にかかわるmiRNAについて概説する.

血管新生におけるmiRNAの機能

1.マイクロRNA全般をノックアウトしたin vivoモデルの解析

 哺乳動物におけるmiRNAの生理的な機能を調べる目的で,miRNAの生成過程に必須の分子であるDicerのノックアウトマウスが作製されてきた.2003年にNature Genetics誌に最初に報告されたDicerのノックアウトマウスは,Dicer遺伝子のexon21をネオマイシンカセットで置換したものであるが,このマウスは多能性幹細胞の産生不全により胎生7.5日で致死となる1).このことから,Dicerあるいは成熟型miRNAは,少なくとも発生過程において必須であることが示されている.YangらはDicer遺伝子のexon1と2をネオマイシンカセットに置換しDicerの低形質(hypomorphic)マウス(Dicerex1/2マウス)を作製した2).このマウスはやはり胎生致死ではあるが,胎生12.5から14.5日頃までは生存し,その死因は胎児および卵黄囊の血管新生不全であった2).とくに血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor;VEGF),VEGF受容体(VEGF receptor;VEGFR)1,VEGFR2,Tie1の発現変化がその機序である可能性が示され,血管新生の観点からmiRNAが注目される契機となった.
 同じころ筆者らも,ジーントラップ法によってDicer遺伝子のintron 24にジーントラップベクターの配列が挿入されたES細胞からDicerのdeficientマウスを作製していた3).このマウスはDicerの発現が減少しているものの,選択的スプライミングによりジーントラップ部分が切り出されることがあるためか,わずかにDicerタンパクの発現が残るdeficientモデルであった.しかもこのマウスのひとつのラインは胎生致死にはならず,成体を得ることができた.胎生致死に至るマウスを解析すると胎生10.5日から13.5日で致死となり(表1),血管内皮マーカーであるCD31抗体によるwhole embryoの染色で新生血管が減っていることが示された(図1).

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