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マイクロRNAと循環器疾患

マイクロRNA研究の新展開

尾野亘

血管医学 Vol.12 No.3, 9-13, 2011

はじめに
 ヒトゲノムの青写真がNature,Science誌に発表されてから,本年2月にちょうど10年が経過した1)2).この10年にシークエンス技術は汎用化され,従来のキャピラリー式とは異なる,パイロシーケンス式という方法が開発・採用され,2010年の時点においてはヒト全ゲノムを80万円で99.94%の高精度で解読できるところまできている.個人のゲノム,エピゲノムの違いが解析され,疾患の原因究明や診断・治療に応用される日も近いと考えられる.また,ゲノム解読ラッシュが生じ,多くのモデル生物について解読が完了し,報告された.これらのデータから,生物進化のダイナミクスが垣間見えてきた.
 1958年にフランシス・クリックにより提唱された分子生物学の中心原理であるセントラルドグマは,その基本的な概念は今なお支持されているものの,その様相は大きく変わろうとしている.実際,従来ゲノムの大部分はジャンクであると考えられていたが,最近の研究により,ゲノムのほとんどの部分が転写されていることが明らかとなった3).さらにそれら転写産物の多くはタンパクをコードしないノンコーディングRNA(non-coding RNA;ncRNA)であった.ncRNAは低分子干渉RNA(small interferingRNA;siRNA)やマイクロRNA(microRNA;miRNA)など約20塩基ほどのものから,X染色体の不活性化にかかわるXistや,インプリンティングにかかわるAirなど,長大なncRNA(long intergenic non-codingRNA;lincRNA)も含まれており,RNA大陸とも称される大きな研究分野となっている.

はじめに(続き)

 図1にPubMedから得られるmiRNA関連の論文数を示す.このように,miRNAについての論文数は指数関数的に増加しており,現在,とくに多く研究されているのはncRNAである.

miRNAとは

 miRNAは18~25塩基のncRNAであり,進化の過程を遡ると,海綿動物からその存在が知られている4).最初のmiRNAの報告は,lin-4というRNAが線虫の発生過程においてlin-14タンパクの転写後調節にかかわっているというものであった5)6).また,2001年には初めて“miRNA”という言葉が使われるようになった7)8).その後,数多くのmiRNAが同定された.miRNAの数は生物の複雑さとともに増加し,ヒトゲノムには約1,000個のmiRNAが存在するとみられている.個々のmiRNAには数十から数百の標的遺伝子があると考えられ,その結果,miRNAは50%以上の遺伝子を制御しているとの報告がある.ほとんどのmiRNAには,合成から機能を発揮する経路に至るまで,共通のメカニズムがある9).miRNAは,おもに遺伝子の3’非翻訳領域(untranslated region;UTR)に結合し,主としてタンパク翻訳を抑制すると考えられており,その方法としては翻訳開始の抑制,mRNAの脱アデニル化,標的遺伝子をリボゾームからprocessing body(P-body)に隔離する,などが提唱されている10).その一方で,5’UTRやオープンリーディングフレームに結合し,機能を発揮することも知られている11)-14).最近では血中のmicrovesicleやexosome,リポタンパク質中にmiRNAが含まれていることが報告されており,miRNAが細胞から分泌され,細胞間,臓器間の情報伝達を行っている可能性も指摘されている15)16).

1.miRNAの生合成

 miRNAの生合成経路を図2に示す.

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