抗酸化,抗糖化因子と血管医学
色素上皮由来因子(PEDF)の血管障害保護作用
血管医学 Vol.12 No.2, 87-92, 2011
慢性的な高血糖状態では,循環血液中や組織で終末糖化産物(AGE)が促進的に形成,蓄積される.AGEは,細胞表面受容体であるRAGEによって認識され,酸化ストレスや炎症反応を惹起させて血管障害にかかわることが推定されている.色素上皮由来因子(PEDF)は,NADPHオキシダーゼによる酸化ストレス産生を抑えることでAGE-RAGE系を遮断する.さらにPEDFを投与することにより,糖尿病網膜症,腎症の初期病変が抑えられ,バルーン障害後の血管再狭窄や血栓形成,心筋梗塞後の心筋リモデリングも抑制できることが明らかにされてきている.PEDFと特異的に結合しその機能を媒介する受容体を同定し,PEDFアゴニストを開発することで広く心血管病に応用できるかもしれない.
KEY WORDS
・AGE ・RAGE ・PEDF ・酸化ストレス ・動脈硬化症
はじめに
動脈硬化症を基盤として発症する心筋梗塞や脳血管障害などの心血管病は,日本人の死因の約30%を占め,その罹患人口は増加の一途をたどっている.最近になり,糖尿病,脂質異常症,高血圧などの生活習慣病では,酸化ストレスの産生や生体内タンパクの糖化反応が亢進し,血管障害が引き起こされることが報告されてきた.したがって,内在性の「抗酸化や抗糖化を担う因子」の心血管病における動態を明らかにし,各種病態への関与を解明してゆくことが重要となってきている.
生活習慣病のなかでも糖尿病患者の蔓延は世界的な傾向であり,2007年度の糖尿病実態調査でも,わが国には予備軍まで含めて推定2,210 万人の糖尿病患者が存在することが明らかにされている.今や成人の約20%が何らかの糖代謝の異常をもつ時代を迎えたことになる.これに伴い,大小血管合併症をかかえた患者数も激増の一途をたどっているのが現状である.実際,糖尿病では大小さまざまなレベルの血管が障害され,末期腎不全,中途失明,心血管イベント発症のリスクが高くなり,健康で若々しく余生を過ごせる寿命,「健康寿命」が男女とも約15年短いことが報告されている.したがって,糖尿病においては,心血管イベントを含めた慢性の合併症を未然に防いでいくことが治療戦略上,最も重要な課題となる.
本稿では,色素上皮由来因子(pigment epithelium derived factor;PEDF)の抗酸化・抗糖化・抗炎症作用を介した血管障害保護効果について,糖尿病血管合併症を中心に解説をする.
糖尿病血管合併症の分子機序:「高血糖の記憶」からの考察
最近,糖尿病性血管合併症の病態を考えるうえで興味深い報告がなされた.DCCTを追跡したDCCT/EDIC試験によれば,1型糖尿病患者の初期6.5年間の血糖コントロールが不良であると,そのあと血糖コントロールの改善が図られても,血管合併症の進行を十分には抑えられないことが明らかにされた.実際,DCCT期間中血糖コントロールが不十分であった通常療法群では,初期からの血糖コントロールが図られた強化療法群に比して,DCCT終了後8年間にわたり細小血管症の進展リスクが高く,11年後の心血管イベント,死亡のリスクも2倍以上となることが報告されている1).これらの事実は,糖尿病患者においては,ある程度の期間高血糖に曝露されてしまうと生体がそれを「高血糖のつけ・借金」として記憶し,その後血糖コントロールを行っても必ずしも血管合併症の進展が抑えられないことを意味している.つまり,ヒトの糖尿病性血管合併症においても実験動物同様“高血糖の記憶(metabolic memory)”という現象が存在することが示唆される.さらに2型糖尿病患者においても,UKPDS33の10年間にわたる追跡調査であるUKPDS80により,初期からの厳格な血糖管理が長期にわたり血管合併症に対して抑制的に作用し,いわゆる“遺産効果(legacy effect)”を及ぼし得ることが明らかにされている2).
グルコースなどの還元糖はタンパク質のアミノ基と非酵素的に反応してシッフ塩基,アマドリ化合物を形成する.そのあとこの反応は緩徐にではあるが,不可逆的な脱水,縮合をくり返し特有の蛍光をもつ黄褐色の物質,終末糖化産物(advanced glycation end products;AGE)を形成するに至る.慢性的な高血糖状態では,循環血液中や組織でAGEが促進的に形成,蓄積され,臓器障害にかかわることが推定されている3).AGEは,血糖コントロールの程度とその持続期間により不可逆的に生体内で生成,蓄積され,一度形成されるときわめてゆっくりにしか代謝されないため,“metabolic memory”や“legacy effect”という現象を最もよく説明できる物質だといえる.つまり,初期からの血糖コントロールが厳格であると,AGEの形成が低く抑えられ,その後の血管合併症の進展にブレーキがかかり,“legacy effect”が観察されるのであろう.さらに,AGE自身によりAGEの受容体であるAGE受容体(receptor for AGE;RAGE)の発現が亢進することも報告されている4).AGE-RAGE系の持続的な活性化が,長期にわたる“metabolic memory”や“legacy effect”を形作っていることが予想される.
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。