新しく解明されつつある血栓の増大と成長の分子細胞機構
血栓増大の定量的解析
血管医学 Vol.12 No.2, 75-80, 2011
Summary
動脈および静脈血栓では,血栓形成の要因および血栓増大に至るプロセスは大きく異なる. 動脈血栓では血流下における血小板と凝固系の双方の活性化により活性化血小板とフィブリンを主成分とする白色血栓が形成されるのに対し,静脈血栓ではうっ滞した血流条件下における凝固系の異常な活性化によりフィブリンと赤血球を主成分とする赤色血栓が形成される. 筆者らはこれまで血流下における白色血栓形成プロセスを定量的に解析するシステムを構築し,種々の抗血栓薬の単独または併用による血栓増大に対する量・質的な抑制効果を検討してきた. 本稿では,それら結果を紹介しつつ,動脈および静脈血栓における血栓増大に至るメカニズムについて解説する.
Key words
◎血流 ◎白色血栓 ◎凝固 ◎血小板
はじめに
動脈および静脈血栓症では,血栓形成開始から増大に至る要因およびそのプロセスは大きく異なる.動脈血栓形成はおもに,アテロームプラークの破綻によって血流に曝される内皮下組織による血小板と外因系凝固の同時活性化によって開始され,最終的に活性化血小板とフィブリンを主成分とする強固な混合白色血栓が形成される.一方,静脈血栓は,うっ滞した血流条件下における凝固系の異常な活性化により,フィブリンと赤血球を主体とする赤色血栓が形成される.赤色血栓形成では,うっ滞した血液全体で血液凝固の活性化が進み凝固塊を形成するのに対し,血流下における白色血栓形成の増大の場は血栓表層という面であり,その面における凝固と血小板の活性化が2次元,3次元的な白色血栓の増大を促す.
いずれの血栓形成においても凝固・線溶系,血小板,炎症などの多くの要素が互いに増幅または制御し合いつつ,血栓の増大またはその制御に関与しているわけであるが,各要素の血栓増大に関与する機序やそのバランスは,動脈および静脈血栓形成において大きく異なる.
トロンボエラストグラフィー(thrombelastography;TEG)やトロンビン生成試験(thrombin generation test;TGT)によって詳細に解析されるような非血流下における凝固塊の形成プロセスは,赤色血栓形成をある程度反映していると考えられる.しかし,その一方で,実際の血管内で血流下に凝固と血小板が同時に活性化を受け,両者の相互活性化によって増大化する白色血栓の形成プロセスをin vitroでモデル化し,かつ定量化することには困難が多く,これまでは主として動物実験や多くの臨床試験によってその理解が深められてきた.
筆者らは,これまで白色血栓形成プロセスをin vitroにおいて再統合・解析する簡便な測定系を構築し,動脈と静脈の血流を反映するように,異なる血流下における白色血栓形成過程と,非血流下における全血凝固過程における凝固カスケードと血小板機能について解析してきた.
本稿ではそれらの知見を交えつつ,これまで定量的に解析することが困難であった血流条件と血栓増大プロセスについて概説する.
動脈血栓形成のメカニズム
動脈血栓症の多くは,アテロームプラークの破綻によって血流に曝される内皮下組織上における混合白色血栓形成によるもので,「アテローム血栓」とも総称される.
血管内皮下組織が血流に曝されると,血小板は即時に内皮下組織のコラーゲンに結合したフォンウィルブランド因子(Von Willebrand factor;VWF)を介しtetheringを開始する.Tetheringの過程でGPVI─コラーゲン相互作用によってα2β1およびαⅡbβ3といった受容体が活性化を受け,活性化血小板はコラーゲン表層にとどまり血小板凝集塊を形成する1)2).活性化血小板はトロンボキサンA2(thromboxane A2;TXA2),アデノシン二リン酸(adenosine diphosphate;ADP)などの液性の血小板活性化因子を産生・放出し,これらの因子によるオートクラインおよびパラクライン刺激によって血小板の活性化状態が維持され,さらに周辺の血小板を活性化して巻き込むことで血小板血栓は増大化する.同時進行的にプラーク内において過剰に発現された組織因子(tissue factor;TF)と血流が接触することで外因系凝固の活性化が開始される.TF/FⅦ(a)複合体はFⅨおよびFⅩを活性化し,産生されたFⅨaおよびFⅩaはコラーゲン上に粘着・凝集した活性化血小板の酸性リン脂質膜に結合することで,血流による希釈を逃れ,血栓増大化の前線である血栓表面に保持・濃縮される3)4).
活性化血小板膜上でFⅨaはFⅧaと,FⅩaはFⅤaと複合体を形成し,それぞれFⅩとプロトロンビンを活性化し,最終的にトロンビンを産生する.トロンビンはプロテアーゼ活性化受容体(protease-activated receptor;PAR)-1およびPAR-4を介して血小板を強力に活性化すると同時に,フィブリンを産生することで血栓を量・質的に増大させる.さらに,トロンビンは自身が産生したフィブリンに結合することで,やはり血流による希釈を逃れ,血栓表面にとどまり,FⅪ,FⅧ,FⅤといったカスケード上流の凝固因子を活性化することで血栓表面における凝固カスケードの活性化を増幅させる.このように,血小板と外因系凝固の同時活性化により血栓形成が開始されたあと,トロンビンを起点とした凝固と血小板の双方の活性化により病的血栓の増大が進む.実際に梗塞に至る閉塞性の血栓には活性化血小板とともにフィブリンが多量に含まれ,アテロームプラークに含まれるTFがその血栓増大を決定する重要な因子であることが報告されている5)-7).このように,血流下において形成される白色血栓の3次元的増大には,血小板と凝固カスケードの双方の活性化が重要である.
記事本文はM-Review会員のみお読みいただけます。
M-Review会員にご登録いただくと、会員限定コンテンツの閲覧やメールマガジンなど様々な情報サービスをご利用いただけます。
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。