<< 一覧に戻る

新しく解明されつつある血栓の増大と成長の分子細胞機構

血栓の増大・成長と線溶系

窓岩清治

血管医学 Vol.12 No.2, 31-40, 2011

Summary
止血栓の主たる構成要素であるフィブリン(線維素)を溶解する反応が線溶反応であり,プラスミノゲンアクチベータ─プラスミン系がその主軸を担う.線溶系は血栓形成に直接的な作用を有するのではなく,形成された血栓の溶解を介してその増大と成長を制御する.線溶系の破綻は止血栓の不安定化や難溶化を引き起こし,出血や虚血という危機的状態をもたらす.プラスミノゲンアクチベータ─プラスミン系の補填機構として,白血球エラスターゼによるフィブリン分解の可能性やTFPIの分解を介する血栓増大など,病変局所での白血球などの血球系との連関も明らかにされつつある.また線溶系は,組織型プラスミノゲンアクチベータを介して中枢神経系で記憶,神経の可塑性,細胞死など生体内のさまざまな生命現象に深く関与する.

Key words
◎線溶系 ◎プラスミノゲン ◎プラスミノゲンアクチベータ ◎PAI-1 ◎α2-PI ◎TAFI

はじめに

 止血栓の主たる構成要素であるフィブリン(線維素)を溶解する反応が線溶反応であり,プラスミノゲンアクチベータ─プラスミン系がその主軸を担う.線溶反応は,凝固反応の活性化により生じたトロンビンや形成された止血栓による虚血刺激などにより,血管内皮から産生・放出された組織型プラスミノゲンアクチベータ(tissue-type plasminogen activator;t-PA)が,フィブリン分子上でプラスミノゲンをプラスミンへと活性化し,生じたプラスミンによってフィブリン血栓を分解する重要な生体防御機構である.一方ウロキナーゼ型プラスミノゲンアクチベータ(urokinasetype plasminogen activator;u-PA)は,特異的受容体であるウロキナーゼ受容体(u-PA receptor;u-PAR)に結合し,細胞表面で効率よくプラスミノゲンを活性化し,組織再構築や組織修復における細胞周囲のタンパク分解の誘導や,マクロファージ機能,排卵,胚の着床,腫瘍の進展などに関与する.線溶系は,plasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)によるプラスミノゲンアクチベータの特異的中和,α2プラスミンインヒビター(α2-plasmin inhibitor;α2-PI)によるプラスミンのフィブリンへの競合的結合阻害と中和,およびthrombin activatable fibrinolysis inhibitor(TAFI)によるフィブリンへのプラスミン結合の阻害,という3系統の制御機構により巧みな調節を受ける.
 線溶系は血栓形成に直接的な作用を有するのではなく,形成された血栓の溶解を介してその増大と成長を制御する.線溶系の破綻は止血栓の不安定化や難溶化を引き起こし,出血や虚血という危機的状態をもたらす.本稿では,止血栓への線溶系の関与について最近の知見を概説する.

線溶系活性化機構と血栓

1 .プラスミノゲンアクチベータ

 t-PAは,血管内腔と中枢神経系に存在するセリンプロテアーゼである.血管内腔のt-PAはおもに血管内皮細胞で産生,Weibel-Palade小体などに貯蔵され,虚血刺激に応じて血中に放出される.血中のt-PA活性は生理的中和因子であるPAI-1によって制御されており,PAI-1がt-PAと1:1での複合体を形成し,その作用を特異的に阻害する.t-PAのクリアランスには,t-PAの分子内の高マンノース型オリゴ糖やt-PA/PAI-1複合体が結合するLDL受容体関連タンパク質1(low density lipoprotein receptor-related protein 1;LRP1)がかかわる.t-PAは,分子内に存在するフィブリン親和性の高いフィンガー領域と第2クリングル領域を介してフィブリンに結合し,フィブリン上でプラスミノゲンを効率よくプラスミンへと変換させる.フィブリン上でのt-PAの活性は,フィンガードメインに依存せずフィブリン線維の構造に影響されるという報告がある1).
 t-PAノックアウトマウスでは,フィブリン血栓の溶解能の低下やエンドトキシン刺激による血栓形成の亢進がみられるが,u-PA遺伝子も同時にノックアウトさせたダブルノックアウトマウスでは,突発性に臓器のフィブリン沈着や成長障害などがみられる2).一方プラスミノゲンノックアウトマウスでは,フィブリン血栓形成による虚血性臓器障害がみられることから,プラスミノゲンの活性化に関して両アクチベータのあいだに相互の補填機構が存在すると考えられる.
 中枢神経系においてt-PAは,脳血管の緊張性や血液脳関門の透過性を制御する血管内皮基底膜とアストロサイトの間隙に見出されている3)4).t-PAはニューロン自体にも存在し,軸索末端や樹状突起から神経活動依存性に放出され記憶や神経の可塑性にかかわることや,海馬における神経細胞死に密接に関連することが明らかにされている.とくにt-PAによるプラスミノゲンの活性化は,脳由来神経栄養因子(brain derived neurotrophic factor;BDNF)やラミニンを分解し記憶形成に重要な役割をもち,実際にt-PAノックアウトマウスではこの系が適切に作用せず,学習能力障害など神経活動が低下することが明らかにされている5).
 臨床的にt-PAの静脈内投与は,発症後3時間以内の超急性期脳梗塞患者における予後の改善に有効であるものの,血栓溶解療法が重篤な頭蓋内出血の頻度を増加させることが知られている6)7).これには,t-PAがLDL受容体であるLRP-1へ結合することにより,核内因子κB(nuclear factorκB;NF-κB)やAktの活性化を介して血管透過性を亢進させることや,マトリックスメタロプロテアーゼ(matrix metalloprotease;MMP)の発現亢進による血管壁の脆弱化を引き起こすこと,再灌流により発生する活性酸素によるフリーラジカルや,t-PA/プラスミン系によるラミニン分解,さらにはNMDA受容体の部分切断によるグルタミン酸による活性化亢進作用などを介する神経細胞死を促進することなどが関与するという.一方でt-PAには神経保護作用があり,とくにマウス脳の海馬における神経保護作用を有することも報告されている8)9).

記事本文はM-Review会員のみお読みいただけます。

メールアドレス

パスワード

M-Review会員にご登録いただくと、会員限定コンテンツの閲覧やメールマガジンなど様々な情報サービスをご利用いただけます。

新規会員登録

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

一覧に戻る