新しく解明されつつある血栓の増大と成長の分子細胞機構
血栓の増大・成長の病理基盤
血管医学 Vol.12 No.2, 13-19, 2011
Summary
アテローム血栓症は,プラーク破綻に伴う閉塞性血栓の形成により発症する.しかし,プラーク破綻が必ずしも閉塞性血栓の形成につながるわけではなく,動脈硬化血管に非閉塞性の壁在血栓を伴ったプラーク破綻像を認めることは少なくない.このことは,動脈硬化巣においてプラーク破綻はまれな現象ではなく,その多くが臨床的にサイレントである可能性を示唆しており,プラーク破綻後の血栓の成長とサイズがイベント発症を決定すると考えられる.筆者らはその病理学的検討から,「血栓の成長=血栓症」という認識でアテローム血栓症における血栓の成長機序を検討してきた.止血機序と血栓の成長機序の相違点が明らかになれば,出血性副作用の少ない抗血栓薬の開発につながることが期待される.
Key words
◎アテローム血栓症の病理 ◎血栓の成長 ◎組織因子 ◎トロンビン ◎血流
はじめに
現在の日本人の死因のうち,心疾患と脳血管疾患は第2位と第3位を占め,両者を合わせると第1位の悪性新生物に匹敵する割合を占める.生活様式の欧米化や生活習慣病の増加,人口の高齢化などに伴い,心血管病は今後も増加すると予想される.これらの心血管病の多くが,動脈硬化巣(プラーク)を素地として起きる血栓形成によって発症することから「アテローム血栓症」と総称される.血栓形成は“Virchow’s triad”と呼ばれる①血管壁の変化,②血流の変化,③血液成分の変化,の3要因が密接に関連し合って進行すると考えられている.動脈における血栓形成では,血管壁の変化,とくに動脈硬化病変の存在とその傷害が最も重要とされるが,静脈では血流の変化(血液のうっ滞,乱流,静止)と血液成分の変化(凝固能の亢進)がより重要視されている.近年の分子生物学の進歩により,血栓形成の分子機構は詳細に検討されているが,おもにマウスの正常血管(径数十μm)を用いた検討であるため,大・中型動脈を主体とするアテローム血栓の形成機序は十分に理解されていない.
筆者が研究を始めた2000年頃,アテローム血栓症がプラーク破綻を契機に発症することは広く認識されていた.しかし,動物モデルを用いた実験では大きな血栓は容易には形成されないことから,ヒトのアテローム血栓症では血栓が大きく成長する特殊な状況にあると推察し,血栓の成長機序について研究を進めてきた.
心筋梗塞症例では,内径がmmレベルの冠動脈を閉塞する血栓が形成される.そこで筆者らはウサギ腸骨─大腿動脈(内径2~3mm)を用いた動脈硬化性血栓モデルを確立し1),アテローム血栓症における血栓成長機序を検討した.本稿では,アテローム血栓症の病理と血栓形成機序について,血栓の成長という視点から概説する.
アテローム血栓症の病理
心筋梗塞や脳卒中などの心血管イベントの多くが,動脈硬化症やそれを基盤とした血栓症による.心筋梗塞や脳梗塞の多くは,プラークの破綻に伴う大きな血栓形成により,動脈が閉塞または亜閉塞をきたす一連の疾患群としてとらえられ,アテローム血栓症と呼ばれている.従来,動脈血栓は血小板血栓であるとされてきたが,急性心筋梗塞症例の冠動脈血栓は血小板とともに多量のフィブリンや赤血球からなり,多数の好中球も含んでいる2)3).血小板とフィブリンは冠動脈血栓の普遍的要素であり,アテローム血栓症の発症には血小板の凝集と血液凝固反応が連動していると考えられる.プラーク内にはコラーゲンなどの細胞外マトリックスに加えて,通常の内膜では発現のない組織因子(tissue factor;TF[血液凝固の開始因子])が豊富に含まれている.プラーク内のマクロファージや平滑筋細胞がTFを発現し,その活性は粥状動脈硬化の進行と関連することより4),TFの存在がフィブリンを多く含む血栓の形成に強く関与すると考えられる.
アテローム血栓症の誘因となるプラーク破綻には,線維性被膜が断裂して,プラーク内の脂質コア成分が血液と直接接触するプラーク破裂と,平滑筋細胞に富むプラークの表在性傷害であるプラークびらんがある(図1).

記事本文はM-Review会員のみお読みいただけます。
M-Review会員にご登録いただくと、会員限定コンテンツの閲覧やメールマガジンなど様々な情報サービスをご利用いただけます。
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。