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プロスタグランジン系点眼薬による新しい副作用:眼球陥凹症(Sunken eye)
Frontiers in Glaucoma No.41, 71-74, 2011
Q1 プロスタグランジン系点眼薬による新しい局所副作用である,眼球陥凹症とはどんなものでしょうか?
A1
プロスタグランジン(PG)系点眼薬による共通の副作用である充血や睫毛乱生,眼瞼ならびに虹彩色素沈着などは充分に眼科医には認知されている.しかしながら,新しい局所副作用である眼球陥凹症はこれまで日本では報告がなく海外でも少数のみである.
Q1 プロスタグランジン系点眼薬による新しい局所副作用である,眼球陥凹症とはどんなものでしょうか?(続き)
A1(続き)
最初の報告は,2004年にPeplinskiらがビマトプロストによる3例を報告し,その後ビマトプロストによる同様の報告が数例ある1)-3).また,トラボプロストにおいてもYangらが2例を2009年に最初に報告している4).眼球陥凹症の特徴的な所見としては,上眼瞼溝の窪み(lid sulcus)の増大がみられ,Peplinskiらはこれを“sunk in(沈んだ)”と称している1).我々日本人はモンゴロイド系民族といわれ,一重でもともと腫れぼったい瞼をしているため,この副作用は二重で瞼の薄いCaucasianに比べて発症しやすいと考えられる.しかしながら,両眼性であったり眼瞼下垂を合併すると発見されにくい.また眼科専門医であってもこの副作用はまだまだ認知されていない傾向にあり,忙しい日常診療の中では見過ごしやすく,患者側から指摘されるまで気付かないことが多い.最終的には患者さんに昔の写真を持参していただくことで確認できることもある.
今回当院において経験した症例の一部を提示する.
両患者ともに,普段忙しい診療の中で黙殺してしまいそうな患者さんの訴えが本当であることを感じさせられた症例である.
Q2 原因は何でしょうか?
A2
YangらはPGのコラーゲン分解作用を指摘している4).その根拠として,もともとPGの眼圧下降作用の機序はぶどう膜流出路の増大とされているが,それを裏付ける根拠として,OcklindらはPGが細胞外マトリックスであるコラーゲンⅠ,Ⅲ,Ⅳやfibronectin,laminin,hyaluronanなどを分解し,リモデリングを行うことを報告している5).すなわちPGが眼瞼周囲のコラーゲンを分解した結果,眼が窪んだ可能性がある.
もう一つ彼らは上眼瞼の窪みが眼瞼下垂でもみられることから,ミュラー筋に作用しているのではという仮説をたてている.しかしながらこの仮説はあまり納得できるものではない.なぜなら,我々の症例においても軽度の眼瞼下垂がみられるが,上眼瞼の窪みの回復後に下垂の程度に変化がみられないからである.
最大の原因はPG自体が脂肪分解作用を有するのではないかと推測している.Yangらも考察においてPGによる脂肪変性や脂肪吸収作用の可能性を述べているが,明確な科学的引用はない.しかしながら彼らの症例において,点眼を中止することで下眼瞼の脂肪ヘルニアであるbaggy eyelidがやや増大した4)と報告している点が非常に重要ではないかと考える.
一般的にはPGは,インスリンやカテコラミンと同じく脂肪分解を抑制する方向に働くとされ,特にPGE2はEP-3を介してcAMPを減らすことで脂肪分解(lipolysis)を抑制するとされている6)7).PGF2αも,E2と同様に前駆細胞から成熟脂肪細胞への分化抑制効果はあるが8),脂肪分解作用の報告はない.Jawaroskiらは脂肪組織に特有なAdipose-specific phospholipase A2(AdPLA)が,PGE2を介して脂肪分解の制御の役割を担っていることを報告しており,AdPLA欠損マウスでは脂肪分解が亢進し肥満になりにくくなる.これは,PGE2-EP-3シグナルによる脂肪分解抑制作用が消失するためであると報告している7).
しかしながら,レセプターサブタイプの生理的な作用はまだ不明なことが多い.PGは8つの特異的なレセプターサブタイプ(DP,EP-1,EP-2,EP-3,EP-4,FP,IP,TP)を有するが,サブタイプによって互いに相反する作用を有することが一部判明している.たとえば,DP,EP-2,EP-4,IPは細胞内cAMPを増加させることで平滑筋細胞を弛緩させる方向に働くが,かたや残りのEP-1,EP-3,FP,TPは細胞内cAMPを減少させたり細胞内カルシウム濃度を増加させることで平滑筋細胞を収縮させる作用を有している9).
これまで各点眼薬のさまざまなレセプターに関する親和性の報告はあるが,レセプターのブロック活性をみた報告はない.すなわち,EP-3へのブロック活性を有する点眼薬では脂肪分解が生じているのではないかと考える.今後の解明が待たれるところである.
Q3 対策はどうしたらよいでしょうか?
A3
PG系点眼薬開始前に眼瞼写真を撮影しておくのが一番と思われる.一度点眼薬を開始すると患者はその後長期間副作用と共存していかなければならない.当院ではベースライン眼圧測定時に撮影し,点眼開始1ヵ月,3ヵ月後,6ヵ月後にも撮影をしている.発症までの期間は報告では1ヵ月から2年とさまざまであるが,当院での症例では点眼開始後3ヵ月頃には何らかの変化が見られているように感じる.一度副作用が発症すれば,中止後早いもので1ヵ月頃から回復する症例もあるが,1年以上かかったとする報告もある.他のPG系点眼薬に変更した場合にどうなるかは今のところ報告はなくわれわれは現在検討中である.
これまではビマトプロストとトラボプロストのみ報告があるが,特に米国で発売して15年経つラタノプロストに関しては1例もない.また,発売して約1年が経過したタフルプロストに関しても今のところ報告はない.今後,薬剤による違いがなぜ生じるのか解明が待たれる.
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。