Summing Up(Frontiers in Glaucoma)
緑内障の病態
Frontiers in Glaucoma No.41, 18-26, 2011
はじめに
多治見スタディによると日本人の40歳以上における原発開放隅角緑内障の有病率は0.3%,正常眼圧緑内障(NTG)は3.6%であり,広義開放隅角緑内障にNTGが占める割合は91.8%と非常に高い.CNTGS(Collaborative Normal Tension Glaucoma Study)では眼圧がベースラインから30%の眼圧下降群が無治療群より有意に視野進行率が低くなる一方,眼圧下降を達成できた20%が視野の進行を認めた.また,逆に無治療で経過したNTGでも約半数が5年間に視野の進行は認められなかった.眼圧が正常にコントロールされているにもかかわらず緑内障性視神経障害が進行する症例が存在することは眼圧依存性と非依存性の要素が関与していることが考えられる.一方,緑内障では機能的な視野障害に先立つ構造的な神経変性視神経症として捉えられるようになってきている.近年,構造的な解析の発展としてOCT,特に解像度,スキャン速度の優れたスペクトラルドメインOCT(spectral domain optical coherence tomography:SD-OCT)が登場した.また,視野解析ではさまざまな網膜神経節細胞の機能選択的測定法(short-wavelength automated perimetry:SWAP,frequency doubling technology perimetry:FDTなど)が登場した.しかし,長期経過観察する上でスタンダードな方法は依然としてHumphrey視野計に代表されるSAP(standard automated perimetry)であり,進行評価の判定に用いられる.本稿では,最近2年間の文献をもとにNTGの病態について構造と機能の観点から解説する.
OCTの発展
従来のタイムドメインOCT(TD-OCT:Stratus OCT,Carl Zeiss Meditec社)では乳頭周囲網膜神経線維層(retinal nerve fiber layer:RNFL)厚測定により緑内障の構造的診断が広く行われてきた.近年登場したSD-OCTでは,TD-OCTで400回/secであったスキャン速度が,20,000回/secとなり解像度の向上,高速化による三次元化を行えるようになったことから,TD-OCTより再現性の向上が得られた.しかし,SD-OCTは早期緑内障に対してはRNFLパラメータでStratus OCTより優れているとの報告8)がある一方で,構造的な変化は認めるが通常の視野検査では異常を認めないpreperimetric glaucoma(視野障害が出現する前の極早期緑内障)に対する診断能はROC(receiver operating characteristic)でSD-OCT:0.76,Stratus OCT:0.72であり有意差はなかったとの報告9)もある.
以前より,従来のRNFL厚による構造的評価のほかに黄斑部厚を用いて緑内障性障害を評価できるという報告がZeimerらによってなされてきた.しかし,緑内障では網膜神経節細胞体(retinal ganglion cell:RGC)が障害されるため網膜全層厚を用いると診断能がRNFL厚に劣るとされてきた.SD-OCTによる高解像度で黄斑部の網膜神経線維層複合体厚(ganglion cell complex:GCC)を測定することにより早期緑内障の構造的評価を行うことが模索されている.RGCは軸索であるRNFLよりも10~20倍の厚さをもっており,RGCとRNFLは黄斑部で最も厚く網膜厚の30~35%を占める.GCCを測定するメリットは,軸索である網膜神経線維層だけでなくさらに大きいRGC層である網膜内層厚も対象にできることである.Stratus OCTとSD-OCTであるRTVue(Optvue社)との早期緑内障診断能ではGCC はRNFLパラメータと同等であったと報告されており,GCCは緑内障の進行を計るパラメータとなり得る,としている10).
では,NTG診断に対してGCC測定はどのような影響があるのだろうか.Seongら11)は網膜内層厚と乳頭周囲神経線維層厚(pRNFL)による緑内障診断能を検討している.その中で62例の正常眼と102例のNTG眼における診断能を中心10度以内の視野障害群と10度外の周辺視野障害群で比較している.網膜内層厚はpRNFLと強い相関を示し,ROCは網膜内層厚とpRNFLで有意差はなかった(網膜内層厚=0.94,pRNFL=0.97).しかし,中期から後期での緑内障群において平均および上半円網膜内層厚はpRNFLに比べROCで劣っていた.つまり,NTGの初期では固視点に近い傍中心部が障害されるため,網膜内層厚とpRNFLは強い相関を示したが,進行例や周辺障害例では網膜内層厚は診断能においてpRNFLに劣っていた.RNFLが1層のみを対象とするのに対し,3層を対象とするGCCが高い診断能をもつと思われたが,この理由として早期のNTGは下方の(上方視野に相当する)孤立暗点で始まることが多く,網膜内層厚測定は全平均または半円領域の平均であり,広い範囲を対象としていることから局所の変化を見逃される可能性があるためpRNFLのほうが十分検索できている可能性があることが述べられている.しかし,中心10度以内の視野障害群では網膜内層厚とpRNFLの診断能は同等であったことから,GCC測定のNTGへの応用が期待され,その病態を知る上で有効と思われる.今後GCC解析においてもRNFLのようなセクターごとの解析が期待される.
また,OCTを用いて緑内障進行を評価したものは少ない.Strarus OCTによる緑内障進行を評価したものはMedeirosら12)の報告がある.それによると視野[Humphrey視野計のGPA(guided progression analysis)で進行を定義]またはステレオ眼底写真[局所性またはびまん性リムの菲薄化,乳頭の陥凹進行あるいはRNFL欠損(RNFLD)の拡大を認めたときに進行と定義]のどちらかで進行を認めた場合に進行と判定とし,平均RNLF厚は進行群vs非進行群で-0.72μm/年vs0.14μm/年と有意に進行群で減少していた.進行・非進行の診断能は下方RNFLで最も高くROC:0.84であり,黄斑厚,視神経乳頭パラメータよりも良好であった.Leeら21)は眼底写真からRNFLD拡大群と非拡大群に分け,RNFLパラメータの減少を線形回帰により評価した.その結果,RNFLD拡大群で有意にRNFL厚が減少し,RNFLDのあるセクターでは拡大・非拡大の鑑別能はAUC(area under the curve)0.78,感度62%,特異度80%であった.また,OCTと眼底写真の一致率は各セクターで-3.6μm/年をカットオフ値にしたときに最も高かった,と報告されている.
Leungら16)はStratus OCT software(ver.5.0)に導入されたGPAによるRNFLの進行を評価している.GPAは最低4回のRNFL測定を行い,時間(年齢)に対して線形回帰を用いて解析し(Trend analysis),傾きが有意に負のスロープとなった場合に進行と判定する.この論文ではGPAによるRNFL厚減少を視野の進行[VFI(visual field index)による]と比較している.64眼中21眼にRNFL厚の進行,22眼に視野の進行を認め,両者ともに認められたのは3眼であった.VFIによる変化率は平均-3.0%/年,RNFLでは-3.3μm/年であった.RNFL厚の減少率に最も関連していたのはベースラインでのRNFL厚であった(ベースラインでのRNFL厚が大きいほどRNFL厚の減少が大きい).RNFL厚減少率と視野進行との一致は悪かったが,これは構造と機能の進行が直線関係ではなく,両者の進行が必ずしも一致していないことによるのではないか,と考察している.また,年齢によるRNFL厚の減少率が-0.16μm/年とされていることから年齢による生理的減少率から大きく乖離しており,緑内障のみによる進行を捉えていたと考えられる.さらにベースラインRNFL厚がRNFL減少に関連していたことについては,一般には後期緑内障で進行が早いことと矛盾しているように思われるが,構造と機能の変化では早期の段階では構造の変化が先に起こるためRNFLが厚い早期の段階で進行率が大きかったのではないか,と考察している.
SD-OCTによるGCCを含めた緑内障病期判定,進行評価の期待は大きいが,従来のStrarus OCTによる蓄積されたデータについても今後さまざまな解析がなされることに期待したい.
乳頭出血(disc hemorrhage:DH)の重要性
CNTGSでは無治療のNTG群で眼圧は視野進行の危険因子にならなかったが,DHはリスク比:2.72と危険因子となっている(Drance S,et al:Am J Ophthalmol 131:699-708,2001).OHTS(The Ocular Hypertension Treatment Study)ではDHのある群がない群に比べ緑内障になる率が約6倍になるといわれている(Budenz DL, et al : Ophthalmology 113:2137-2143,2006).また,30%眼圧下降させるbenefitはベースラインにDHがない場合にのみ得られる(Anderson DR,et al :Am J Ophthalmol 136:820-829,2003).逆にいうとDHには眼圧下降が奏功しないともいえる.しかし,EMGT(Early Manifest Glaucoma Trial)では眼圧下降が視野進行を防ぐが,DHの出現頻度とは有意な相関がなかったとしている(Bengtsson B,et al:Ophthalmology 115:2044-2048,2008).このようにDHの原因,眼圧下降との関連はいまだ不明であるがNTGではDHがより一般的でありNTGの病態を考える上でDHは重要である.OCTでは局所の進行を捉えるところまでは精度が上がっていない.やはり視野検査が現在のところ緑内障の局所進行を評価する最も信頼性の高い方法といえる.Prataら37)はDH後の視野進行率に影響する要因の検討を行っている.Humphrey視野計で5回以上測定した症例で検査点ごとのautomated pointwise linear regression analysisにてDH後の視野進行率を評価した.進行の早い群としてMDの進行率1.5dB/年以上と定義し,関与する要因(ベースライン要因として年齢,眼圧,角膜厚,MD,偏頭痛,レイノー徴候,低血圧,pseudoexfoliation(偽落屑),介入要因としてDH再発,僚眼の発症,緑内障手術,眼圧下降)をオッズ比(OR)で検討した.DH後のMD進行率は-1.1±1.3dB/年であり(観察期間3.8年),早い進行は26%にみられた.多重ロジスティック解析ではベースラインMD値(OR:1.11),高年齢(OR:1.06)が危険因子であった.ベースラインMD値が -4dBより悪いものは-4dBより良いものに比べ視野進行が27%早くなった.DHのある高齢者でMD値の悪い群は4年以内に5dB以上MD値が悪化することが予想された.これらのリスク群には強力な治療を要するとしている.このなかで眼圧下降はDH後の視野進行の危険因子にはなっていなかった.De Moraesら40)はDH前後での局所的視野障害を視野進行率により評価した.DH前後での視野進行率は平均で-0.6dB/年vs -1.0dB/年と有意差があり,DHを起こしたセクターに相当する部位はDHの前後で-2.0dB/年 vs -3.7dB/年と有意差があった.また,DHを起こしていない僚眼に比べ有意に進行が早く,最も進行したセクターは将来のDH の発症を85%の割合で予想していた.さらにDHがみられてからは92%の確率で同じセクターにおいて最も早い視野進行がみられた.
眼圧との関係ではMedeirosら35)が眼圧下降とDHの視野進行速度に対する影響を報告している.彼らはDH前後での視野進行速度をVFIスロープにて比較している(VFIはHumphrey視野計に導入された新しい視野指標であり,視野中心部に重みを置いたものである.正常で100%,視野消失で0%であり,さらに横軸に実年齢を取ったグラフでスロープを表示する80)).DHを起こした群は起こさない群に比べ有意にVFIが低下していた(0.88%/年 vs 0.38%/年).また,眼圧との関係については,DH後の眼圧はDH前に比べ有意に低下しており(14.1mmHg vs 19.7mmHg),そのDH前後における眼圧差はDH前後のVFIスロープの差と有意に相関(r=0.61)していた(眼圧がDH後に治療の介入で下がるほどDH後の視野進行が緩やかになる).これは1mmHgの眼圧下降でVFIでは0.31%/年の変化に相当していた.しかし,眼圧下降がVFIの進行と相関する一方で,逆にR2:36%と約60%の症例では眼圧だけでは説明できない変動が存在すると考察している.
DHの発症部位における視野の局所進行は明らかのようであるが,いまだDHの病態解明には至っていない.
眼還流圧の評価
NTGの病態を語る上で眼圧は重要な要素である.これまでにNTGでは視野進行している眼のほうで眼圧変動が大きいという報告がなされている.しかし,眼圧の絶対値だけではNTGの病態は説明できない.EMGTでは収縮期眼還流圧低下は緑内障の危険因子であることが報告され,NTGとの関連が報告されている.Sungら42)は24時間平均眼還流圧(2/3×平均血圧-眼圧)と視野進行の関係を検討し,平均眼還流圧変動が最も重要な視野進行の危険因子であった.また,1mmHgごとの平均眼還流圧上昇につき27%視野進行リスクが増加することを示した.さらに,不安定な眼還流圧を伴ったNTGの視野進行形態についても報告し,視野障害を10度以内の中心視野障害群と10度から24度の周辺視野障害群に分け,さらに,眼還流圧を変動幅から3つの群に分け,眼還流圧の変動と視野障害形態を検討した.その結果,眼還流圧変動の大きい群が小さい群より中心視野障害が有意に進行した.また,最も眼還流圧変動の大きい群で中心視野進行の累積生存率が低下していた.多変量解析では24時間の眼還流圧変動が中心視野進行に関連があった43).このようにNTGの病態に眼還流圧変動が関係している可能性はあるが,現在のところ臨床的に測定することを支持するデータは十分ではない.
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。