<< 一覧に戻る

特別対談

緑内障診療―これまでの10年を振り返って

北澤克明三嶋弘

Frontiers in Glaucoma No.41, 13-17, 2011

 『Frontiers in Glaucoma』創刊にご尽力をされ,本誌を主宰されてこられた編集主幹の岐阜大学名誉教授 北澤克明先生,編集委員の広島鉄道病院院長 三嶋弘先生がそれぞれを退任されることとなった.そこで,お二人に,緑内障診療について『Frontiers in Glaucoma』創刊から今日までの約10年間を振り返っていただくことにした.

出席者(発言順)
北澤 克明(岐阜大学 名誉教授)
三嶋  弘(広島鉄道病院 院長,広島大学 名誉教授)

厳格な手順を踏んだ疫学調査の重要性を認識

 北澤 日本の緑内障学の始まりは,須田経宇先生をはじめとする先生方が,1967~1977年頃に緑内障研究会を作られたときではないかと思います.私はちょうどその頃,米国に留学しており,1969年の帰国と同時に同研究会のメンバーにしていただきました.その後,同研究会が緑内障学会となり,同学会も2011年で22年目を迎えることとなりました.その間のここ10年を振り返ってみて最も大きな出来事は,緑内障学会のプロジェクトとして,2つの緑内障疫学調査,すなわち2000~2001年にかけて岐阜県多治見市で実施された『多治見スタディ』と2005~2006年にかけて沖縄県の有人離島である久米島町で実施された『久米島スタディ』が行われたことだと考えています.
 三嶋 そうですね.多治見スタディでは,40歳以上の日本人では正常眼圧緑内障(NTG)を含めた広義の原発開放隅角緑内障(POAG)の有病率が5%と高いことが示され,しかも,その9割がNTGであることが明らかにされました.一方,久米島スタディでは,中国人,シンガポール人,アメリカインディアンなどを対象とした疫学調査と同様に,沖縄県において閉塞隅角緑内障(ACG)の有病率が高いことが明らかにされました.いずれの結果も私たち緑内障専門医に対して大きなインパクトを与えたと感じており,2つの緑内障疫学調査はここ10年間のエポックメイキングだと思っています.
 北澤 おっしゃるとおりです.2つの緑内障疫学調査の結果が報告される以前にも,塩瀬眼科医院(名古屋)の塩瀬芳彦院長が「日本はNTGが多い」と指摘されていたり,琉球大学の福田雅俊先生が「沖縄には閉塞隅角緑内障が多い」と発言されたりしていました.しかし,まさか,これらの調査で示されたほど多いとは想像しておらず,調査結果に対して少なからず驚きを隠せませんでした.2つの疫学調査がもたらしたインパクトはこのような各論をあげれば限りがありません.実際,多治見スタディだけでも20~30の論文が発表されており,それらはすべてここ10年間の緑内障診療に少なからずインパクトを与えました.
 特に多治見スタディが与えた最も大きなインパクトは,診療の根底には厳格な手順を踏んだ疫学調査があり,それを行うことの意義を緑内障診療に携わる多くの眼科医に知らしめたことだと私は考えています.
 三嶋 確かに,欧米には古くから疫学調査が臨床医学に極めて重要であるという認識がありましたが,日本にはこれがありませんでした.また,疫学調査の手法についても,欧米では少なくとも70%以上が受診してはじめて信頼できる疫学データが得られるという考えが常識でしたが,日本にはそうした考え方さえありませんでした.
 北澤 実は,日本でも多治見スタディを実施する少し前の1988~1989年に,全国7ヵ所の調査地で緑内障に関する疫学調査を行っていたのですが,それは住民検診とタイアップするかたちで実施されたため,受診率が50%を下回るような調査地があり,しかも,診断基準や検査手法も調査地によって異なるなど,疫学調査としては信憑性にかけるものでした.こうしたことから,多治見スタディでは,岐阜大学医学部公衆衛生学教室の清水弘之教授に当初からご参画いただき,疫学的に立証されたプロトコールをきちんと立案し,それに則って行うという手順を踏みました.
 つまり,多治見スタディは,日本で初めてのエビデンスのある世界に通用する緑内障疫学調査というわけです.少しだけ具体的にお話しすると,清水教授から,疫学的にみて信頼度のある数字を出すために必要な対象者数や受診率を教えていただきました.その教えに基づき,私たちは40歳以上の多治見市民54,165名から無作為で4,000名を抽出し,受診率75%以上を目指したのです.その結果,期間内死亡や転出130名を除く3,870名が対象者となり,うち3,021名が受診者で,受診率が78.1%という結果が得られ,私たちは非常に喜んだことを覚えています.

社会的に緑内障の認知度が高まる

 三嶋 また,多治見スタディ以後,緑内障が非常にポピュラーな疾患であると社会的に認知されました.これもここ10年の緑内障診療をめぐっての大きな変化ではないでしょうか.
 北澤 ご指摘のとおりです.多治見スタディの結果もあって,ここ10年で緑内障に対する社会の認知度が大きく変わりました.以前は,一般に緑内障という病気があることは知られていましたが,「それは特殊な人が罹るものだ」と思われているふしがありました.私が開業した10年前でも,テレビ番組の企画で患者さんにも出演していただくことになり,ある患者さんに出演をお願いしたら,「あの家には悪い病気があると噂がたつと困るので顔は出せない」と断られたくらいです.
 三嶋 かつてはそうでした.しかし,多治見スタディでは,緑内障の有病率が40代では約5%,加齢とともに増加して,70~80代では7~8%にのぼることが明らかにされ,特殊な病気ではないことが示されました.緑内障はあたりまえの病気というと言い過ぎかもしれませんが,少なくとも特殊ではないという認識が一般に知られたことは確かですね.

記事本文はM-Review会員のみお読みいただけます。

メールアドレス

パスワード

M-Review会員にご登録いただくと、会員限定コンテンツの閲覧やメールマガジンなど様々な情報サービスをご利用いただけます。

新規会員登録

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

一覧に戻る