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誌上ディベート

進行胃癌に対する腹腔鏡手術

谷口桂三稲葉一樹宇山一朗佐野武山口俊晴

Frontiers in Gastroenterology Vol.16 No.4, 25-39, 2011

標準的治療となる可能性を提示する立場から 
はじめに
 日本での胃癌における腹腔鏡下手術は1991年に報告されて以来,導入する施設は増加している。2008年までに21,048件の腹腔鏡下胃癌切除が行われ,ここ数年は1年間に約500件の割合で増加をみており2007(平成19)年度だけで4,765件となった。限られた施設のデータであり,アンケート対象以外の施設での件数を考慮すればその数はもっと多いと思われる1)。

 手術件数の増加に伴い,その適応も変化してきている。腹腔鏡下胃切除が導入された当初は多くの施設がリンパ節転移の可能性がきわめて低い早期癌に限定されていたが,2002年に胃癌診療ガイドラインで早期胃癌と一部の進行胃癌に対しても臨床研究として認められた。現在では先進的な施設に限らず進行胃癌にも施行されつつある。ここでは現時点での腹腔鏡下胃切除の進行胃癌へ適応できる可能性についてその手技の概要とわれわれの治療成績について述べる。

標準的治療となる可能性を提示する立場から(続き)

手技について

1.デバイスの進歩
 近年の腹腔鏡下手術における光学機器の開発はHV,HDの画質を備えており多くの施設で採用されている。同時に3D映像の開発が行われ,それとダヴィンチをはじめとしたロボット支援手術はすでに実用化されている。これらにより良好で精密な視野が確保され,拡大視効果を最大限に生かした繊細で正確な操作が可能となった。また従来の切離,凝固のデバイスもさらに改良され,低電圧凝固電気メスも登場し,より確実な止血が可能となり,良視野でdryな視野での手術が可能である2)3)。
 また,再建面においてもデバイスの進歩の恩恵は大きい。従来よりもステープラーの高さのバリエーションが増えている。腹腔鏡下胃切除においては胃切離専用ともいえるカートリッジが発売されている。また3列のステープラーが均一な高さではなく,内から外側へ高さを徐々に高くしていくことで確実性と止血能力を向上させたものも登場した。従来よりも適正なものを選ぶことにより安全な縫合切離が可能となり,また補強材を加えたステープラーの登場で断端の止血能も向上した。
 胃全摘で行われる食道空腸吻合では,従来,開腹で使用された吻合器を使用可能にしたシステム(OrVil:オービル)も登場し,linear staplerを使用した吻合とともに多く行われてきている4)。

2.リンパ節郭清
 進行癌を適応とする場合D2郭清が必要となるが,われわれは技術的に十分可能と考えている。当教室の金谷ら5)は尾側から頭側へ向けての水平な腹腔鏡独特の視野を利用しての「内側アプローチ」を腹腔鏡動脈周囲のリンパ節郭清で提唱している。これは郭清限界を動脈周囲にある神経前面とし,左胃動脈根部を左右の起点として内側から外側へ郭清を進めていくもので,合理的で容易な方法である。また左胃動脈切離を12a, 11p 郭清に先んじて行うため,胃膵ヒダの可動性が生まれ12a, 11p 郭清が容易になる。このアプローチは総肝動脈周囲の郭清ラインをアルファベットの「U」,腹腔動脈左側の脾動脈を含めた郭清ラインを「V」とイメージすることで「UVカット」と呼称されている。これにより腹腔動脈周囲のリンパ節郭清は拡大視効果と相まって精度の高いものとなった。
 進行癌に適応する場合,全摘と脾摘を含めた合併切除,特に11dと10番郭清が問題となる。
 かつてはHALSにて膵脾脱転を行い,腹腔外で脾摘ないしスダレ郭清を行っていたが,後に腹腔内で膵脾脱転を行った後そのまま脾摘を,行えるようになった。しかしながら,これには高い技術と手術時間の延長が必要となった。現在,われわれは郭清の簡便化のために胃全摘術+脾摘を,より簡便に行うための腹腔鏡下胃全摘+膵尾脾合併切除-LATG with minimal pancreatosplenectomy (mPS)を開発し,現在は症例の集積を行っているところである。十二指腸浸潤や膵頭部浸潤などに対する膵頭十二指腸切除は十分に可能であり当科でも5例に安全に施行しえている6)-9)。
 現在,われわれの技術的な観点では多臓器合併切除を含めたD2郭清は十分に可能であると思われる。

3.再建について
 進行胃癌に適応する場合,腫瘍径が大きくなる傾向にあるため全摘症例が多くなる。
 これまでの幽門側胃切除後の再建では小切開口から行われていた。全摘術後に小切開口から行おうとすると,症例によっては,特に肥満症例などでは切開創が次第に大きくなるため腹腔鏡手術のよさがspoilされてしまう。また症例によって適応できないのでは術式として普遍性がなく,進行胃癌への適応は不可能であろう。そこで完全腹腔鏡で良好な視野のもとに食道空腸吻合をより安全に確実に行う方法の開発が課題となる。
 開腹下で食道空腸吻合を自動吻合器を用いて行う場合,アンビルを食道内に留置し巾着縫合を行うが,腹腔鏡ではこの操作が困難とされてきた。
 当科では開腹術と同様に巾着縫合を行い,アンビルヘッドを食道に装着。臍部からの本体を空腸とともに挿入し,腹腔鏡下での食道空腸吻合が可能となっている。
 また肥満手術で開発された経口アンビルが発売され,従来の開腹に近い形で腹腔鏡下での食道空腸吻合が容易になった。これには種々のテクニックが発表されており,安全に施行できるようになりつつある10)11)。
 開腹で多く使用されてきた自動吻合器は種々の改良と工夫によって腹腔鏡下で可能となった。
 腹腔鏡下独自の食道空腸吻合も当科で開発されてきた。Linear staplerは腹腔鏡で取り回しがよく視野の妨げにもなりにくいという利点がある。宇山によって開発されたOverlap法は1997年より食道空腸吻合に行われてきた。これは食道左側壁と空腸の腸間膜対側をlinear staplerにて吻合し,作成された共通孔を腹腔鏡下で手縫いにて縫合閉鎖するものである。食道浸潤があり高位吻合になる症例にも対応可能で,汎用性の高い手技と思われる。その手術成績も2005年までのもので106例中縫合不全が1例,吻合部狭窄が1例と十分に許容できるものであった12)。腹腔鏡下に手縫いで共通孔を閉鎖するという,技術的にやや難しい面はあるが十分に標準化可能である。
 またlinear staplerでは機能的端々吻合による食道空腸も行われている。これは縫合結紮を要しないものでOkabeら13)により報告されており,現在は完全腹腔鏡下で行われている。高位吻合には対応しにくいが,吻合スペースが確保できれば手縫いをせずとも完遂可能である。
 Linear staplerを用いた腹腔鏡下食道吻合は自動吻合機のそれよりも歴史は古く,先進的な施設で開発されたものである14)。
 自動吻合器,linear staplerともにどちらを使用しても完全腹腔鏡下に食道吻合は十分可能であると思われ,良好な視野での手術操作により良好な成績が期待できる。
 先に述べたごとく手技的な面で,進行胃癌に腹腔鏡下胃切除を適応することは十分に可能であると考えられる。

当科における治療成績

 当科では1997年8月に胃癌に対する腹腔鏡下胃切除手術を導入して以来11年が経過した。当科での進行胃癌に対する腹腔鏡下胃切除の治療成績について述べる。1997年8月~2009年2月までに根治切除を施行した209例である(表1)。

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