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State of the Art(Frontiers in Gastroenterology)

今なお楽しい消化管の潰瘍研究

樋口和秀荒川哲男藤原靖弘渡辺俊雄富永和作依田有紀子梅垣英次小林絢三

Frontiers in Gastroenterology Vol.16 No.1, 9-16, 2011

Summary
 われわれは,これまで,潰瘍学,特に粘膜防御機構,粘膜損傷・修復のメカニズム,潰瘍治癒の質およびよりよい潰瘍治療の方法について主に研究してきた。プロトンポンプ阻害薬やHelicobacter pylori除菌療法の適応により,胃・十二指腸潰瘍の治療は確立されたかのようにみえたが,まだまだ不明な点が山積されている。それらは,ガイドラインの作成により露呈してきた。潰瘍治癒に及ぼす除菌療法の役割,NSAIDs起因性胃・十二指腸潰瘍の予防と治療などにおいて,日本人を対象とした成績が不足している。これらの点について1つ1つ明らかにしていかなければならない。さらに,カプセル内視鏡などの臨床応用の結果,小腸にも潰瘍性病変が多く発生していることも報告されるようになり,今後,食道から小腸・大腸にいたるすべての消化管を対象にした日本人に適した潰瘍治療を確立する必要性がある。このような観点からもまだまだ潰瘍学は興味深く,若手の研究者の活躍を期待したい。

まだまだ解明すべきことが山積されている消化管の潰瘍研究

 われわれ(当時大阪市立大学第三内科)は,1980年頃から胃粘膜防御機構の研究,特にプロスタグランジン(PG)に関する研究を盛んに行うようになった。PGを中心とした粘膜防御機構の仕組み,創傷・治癒のメカニズム,潰瘍治癒の質(QOUH)を明らかにし,胃潰瘍の再発のメカニズム,再発抑制の治療法などを世の中に発表してきた。その経過中に,Helicobacter pyloriが発見され,特にその除菌により消化性潰瘍の再発が有意に抑制されることが発表され,非常に衝撃を受けた。抗潰瘍薬では,H2受容体拮抗薬,プロトンポンプ阻害薬(PPI)が出現し,さらにH.pylori除菌療法がそこに加わることにより,消化性潰瘍診療もこれで終結したかと思えた。と同時に,われわれ潰瘍学研究者が長年その成果を積み重ねてきたことが,H.pylori除菌療法とPPIにより吹っ飛ばされた感もあった。そのようなとき,2003年4月に胃潰瘍診療ガイドライン1)が,厚生労働省の21世紀型医療開拓推進事業「科学的根拠(evidence)に基づく胃潰瘍診療ガイドラインの策定に関する研究班」によって作成され,これまでのエビデンスに基づき臨床研究成果がまとめられた。しかし,それらを読むと,疑問がいっぱいわいてきた。まだまだ解明されていない点が山積されていることに驚愕した。
 一方,カプセル内視鏡など小腸を検索できるツールが世の中に出現したことにより,食道・胃・十二指腸だけではなく,小腸にも種々の粘膜傷害が発生していることが明らかになってきた。ここは,潰瘍学においても未開の地であり,解明すべきことが現実の課題として姿を露わにしてきたのである。本稿では,その疑問の一部についてどのように研究が進められてきたかをご紹介したい。

胃潰瘍治療におけるH.pylori除菌療法の役割―ガイドラインを検証

 H.pyloriの除菌のメリットは,潰瘍再発を抑制することと潰瘍治癒を促進することである。このことより,H.pylori陽性の胃潰瘍であれば,除菌が第一選択として行われる。わが国では,除菌療法が保険適応を取ったことによって,胃・十二指腸潰瘍の除菌療法関連治療は一応決着がついたかのように思えた。すなわち,1週間のH.pylori除菌療法後に7~8週間PPIを投与するという方法(図1)がいかにも定石のごとく日常臨床で行われるようになったからである。

2003年4月に胃潰瘍診療ガイドライン1)が,厚生労働省の21世紀型医療開拓推進事業「科学的根拠(evidence)に基づく胃潰瘍診療ガイドラインの策定に関する研究班」によって作成された。その中に,潰瘍の初期治療という項目があり,H.pylori除菌療法の果たす役割についてエビデンスに基づいて次のように書かれている。H.pylori陽性の胃潰瘍であれば,第一選択としてH.pylori除菌療法を行うべきであると奨励されている。さらに,1週間のH.pylori除菌療法のあとの抗潰瘍療法に関しては,驚くべきことに何の治療をしなくても,これまでのPPI8週間治療と同等の治癒率が得られると書かれている。しかし,この本の後半の部分にQ&A集が掲載されており,「このガイドラインのフローチャートをみると,H.pylori陽性の胃潰瘍はH.pylori除菌療法だけ行えばいいように思えますが,H.pylori除菌療法後の抗潰瘍療法は必要ないのでしょうか」という質問に対して,「活動性潰瘍の場合は,H.pylori除菌治療から開始して,除菌後に潰瘍治癒を目的とした酸分泌抑制薬による抗潰瘍治療が行われることが多いのです」と答えられている。どちらが正しいのか? エビデンスを基にして胃潰瘍診療ガイドラインが作成されているはずなのに,どうして経験論で締めくくるようなガイドラインになったのであろうか? ここにガイドラインに対する大きな疑問がわいてくる。
 このステートメントを作成するために採りあげられたエビデンスとしての論文を紐解いてみると,欧米の患者が対象となったもので,古典的H.pylori除菌療法のみで治療した群とPPIで治療した群の比較で,それらに有意な差はなく同等であるとしたものであった2)。しかしわれわれ臨床家は,日本人のH.pylori陽性の胃潰瘍は,H.pylori除菌療法のみでは治癒しないという感覚をもっていた(エビデンスはなかったが)。これらのことから,採りあげられた論文とわれわれの感覚との違いは,おそらく欧米人の胃潰瘍と日本人の胃潰瘍の性質に差があるからではないかと推測できた。また,これまでのわが国でのH.pyloriに関する臨床研究は,除菌率や再発率に関するものがほとんどで,除菌療法そのものが潰瘍治癒に与える影響に関しては研究されておらず,日本人を対象とした臨床試験の成績が皆無であった。

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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

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