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対談

産業としてみた日本の医療

―今臨床医に何が求められているか―

竹中登一木下芳一

Frontiers in Gastroenterology Vol.16 No.1, 3-8, 2011

 現在,医療は疲弊した状況にあるといわれています。それは,これまで政府・行政にとって医療は負担の対象であり,それを軽減するために医療費が抑制される傾向にあったからです。しかし,今日,政府では医療を日本の成長牽引産業としていく気運が高まっています。

 今回は,日本製薬団体連合会会長の竹中登一氏をお迎えし,これまであまり議論されることのなかった,産業としての視点からとらえた医療の育成と教育について,そして疫学的データベース構築による医療ニーズの発掘がもたらす,次世代を担う産業としての医療の可能性について語っていただきました。

日本は世界でも数少ない新薬創出国

●木下 本日のテーマは「産業としてみた日本の医療」です。現在,医師には臨床医として仕事をする以外に何か役割が求められているのではないでしょうか。今の日本の医療がどうなっているのか,今後どのように進んで行ったらよいのかについて,医療を産業という目でとらえながらお話を伺いたいと思います。
 まず,現在の日本の医療に対する考え方としては,医療は福祉の一環で,全国に均一に医療を提供することは水道や電気などのインフラと同じような感覚で,供給されて当然だという考え方が強いのではないかと思います。
 行政にとっては,医療は負担として映っているようです。この負担をできるだけ軽くすることが将来の日本の発展につながると考えられていて,医療費はできるだけ低く抑え,医師・看護師等の医療人の数もできるだけ少なくして,少ない財政負担でギリギリでやっていけばよいという政策が,何十年間も行われてきたかと思います。
 その結果,日本全体で医療が疲弊した状態になっています。それだけではなくて,医療産業という面からみても日本の状況はよいとはいえず,私たちが使っている薬剤の多くが外国からの輸入品になっています。しかも,高価な分子標的薬などの新しい薬剤は,そのほとんどが外国から輸入されているという状況です。薬剤だけではなく,心臓のペースメーカー,1本数十万円はする検査用カテーテル,ステントも,ほとんどが輸入品です。その結果,輸入が止まった状態になると,国内に十分な医療材料・薬剤がなくなり,安心して医療を受けることができなくなる心配もあります。
 一方で,日本人にはどんどん高齢者が増えており,疾病構造も生活習慣病,悪性腫瘍など経過が長く,たくさんの薬剤や医療材料を必要とする疾患が増えています。
 このようななかで,今の日本の医療を産業という目で見た場合にどのような状況なのか,竹中先生に教えていただきたいと思います。
●竹中 医療を産業として考えようという動きは,今まであまり日本ではなかったことかと思います。今まで日本のリーディング産業というと自動車,電気,化学,その前は鉄鋼業が挙げられますが,必ずそのときには政府がそういう産業を振興するような推進策をとって育ててきているわけです。医薬品産業についてはそれがほとんどなかったと思います。
 ところが,2006年に当時の安倍総理大臣が所信表明で「医薬は1丁目1番地」という言葉を使われました。そしてイノベーション政策を出されて,諮問会議のメンバーに黒川清先生も入られました。安倍元総理大臣は,次の産業として医薬品産業を考えられたのだと思います。しかし次の2人の総理のときは,やはり医療費抑制策のほうが中心になってしまって産業論はなくなっていました。
 しかし,現在は民主党政権となり,新成長戦略を現在進めているところです。柱はライフ・イノベーションと環境のグリーン・イノベーションです。ライフ・イノベーションのなかでは,やはり医療関係が中心となっていますので,民主党政権がどのような具体的な戦略を盛り込んでいくかを非常に期待しています。
 今後,他の産業でこれから伸びていくというものはそんなにはないと思うのです。IT産業ですらそうだと思います。医薬品産業が発展するには,創薬力-研究開発して新薬を作ること-以外にないわけですが,新薬創出国つまり新薬を発明した国は,日本を含めまだ世界に8ヵ国しかないのです。
●木下 そんなに少ないのですか。
●竹中 そうです。そのなかで1位が米国,2位がイギリス,日本は第3位なのです。そのあとフランス,ドイツ,スイスなどが続きます。その点で,イノベーションを,産業を作っていく国は日本だと胸を張ってもよいと思います。なぜかといいますと,原子力爆弾を作れるような中国,インド,ロシアなどの大国でさえ,薬剤は一度も作っていない,作れないのです。薬剤を作ったり,医療におけるデータを取るには,その国内でトータルにサイエンスが進んでおり,インフラが十分稼働していないとできないわけです。日本はその環境が整っているわけです。
 先生がおっしゃったように,分子標的薬については日本はちょっと出遅れましたが,その前の受容体拮抗薬あるいは酵素阻害薬は世界をリードしています。グローバル規模で年間に1000億円以上売れている製品を私たちはブロックバスターと呼んでいるのですが,これが現在,日本で14~15品目あるのです。つまり,日本発の新薬で年間2兆円ぐらい売れているのです。

これからの創薬には産学官連携が必要

●竹中 しかし,従前の受容体拮抗薬や酵素阻害薬と最近の分子標的薬とは,創薬のメカニズムが変わってきていますね。
 たとえばARB,H2受容体拮抗薬,プロトンポンプ阻害薬などは,今から20~25年前に私たちが創薬を行っているときにできたものですが,主に基礎研究室で生体機能の研究をして,ヒスタミンH2受容体やプロトンポンプが胃酸分泌を促進していることがわかったからそのアンタゴニスト(antagonist)を作ればよいという考え方です。それで製薬会社が作ったものについて医師の先生方に臨床試験を行っていただいて,効くか効かないかを判定してきました。
 ずっとそのサイクルで日本は成功してきたのですが,2000年にゲノムの解析が終わったという頃,分子標的薬が登場してきました。1990年ぐらいから米国では国家プロジェクトでゲノム解析が始まり,初めはゲノムの解析だけを研究していたと思うのですが,それが進んでくると,たとえば癌の患者さんの癌細胞を使ってゲノム解析をして,どういう遺伝子からどんな蛋白ができることにより癌が起きるのかという,いわゆる病態を研究するようになったのだと思います。ゲノム解析にすぐに臨床医学が入ってきて,基礎と臨床と製薬企業がいっしょに協力したから分子標的薬を作ることができたのだと思っています。
 以前はどちらかと言えば,生化学者・薬理学者が機能を見て,病気を見ずに創薬していたのですが,すでにそういう薬剤は全部開発されてしまいました。今後もっとよい薬剤を作るためには,やはり病態との関連を基礎研究と臨床研究で総合的に研究していく必要がある。その道標というか,先兵を作ったのが分子標的薬ではないかと私はみております。ですから,今後は産学官連携が大事だと私は思っているのです。
●木下 最近はpathogenesis(病因)やcellular oncology(細胞腫瘍学)のような研究分野の発展に伴って病態がわかってきて,その病態の鍵となる分子をターゲットにした治療薬の開発がどんどん進んでいるところだということですね。
●竹中 その場合やはり病態の研究を行うのは大学の医学部にしかできませんから,私は今後医療産業全体を活性化するには産学官連携が必要だと思います。
 たとえばアステラス製薬では3年前から京都大学と共同でAKプロジェクトというものを進行中です。AKはアステラス製薬・京都です。京都大学のなかに研究所を持ちまして,現在アステラス製薬の人も含め30人ぐらいの科学者がいます。そこで文部科学省科学技術庁振興調整費とアステラス製薬のマッチングファンドによる15億円の年間運営費を使って免疫調整をはじめとしたいろいろな研究をしていて,免疫を調整するような遺伝子や蛋白がわかると,それに薬物をかけてスクリーニングにかけます。アステラス製薬の研究所は化合物を100万近くもっていますので,それを蛋白にかけて何か変化を及ぼすか調べるわけです。大学の方では,別に薬剤にならないような化合物でも,効けばまず使えると考え,早く研究したいのだというのです。ですからわれわれは化合物を大学に戻して,本当によく効けばまたアステラス製薬の筑波研究所でそれを副作用の少ないものにします。
●木下 薬剤に変えることができるのですね。
●竹中 お互いの役割をきちんと分けて,こういうプロジェクトを開始しました。また,創薬するには10年はかかるであろうということで,10年のプロジェクトとして進めています。

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