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大震災後のよりよい医療の復旧・復興を目指して

東日本大震災における東北大学病院の活動

Efforts of Tohoku University Hospital in the Great East Japan Earthquake

里見進

Surgery Frontier Vol.18 No.4, 23-28, 2011

Summary
 東北大学病院は東日本大震災後によって大きな被害を受けたが,幸いにも人的被害がなかったことで,比較的早期から県の内外に対する医療支援を行うことができた。交通手段や通信手段の混乱するなかで,震災当日に被災地に出向いていた医師からの情報をもとに,現地の要望に沿ったかたちでの医療支援を実施できたと考えている。津波の被害が甚大であった沿岸部の病院を中心に医療スタッフの派遣は延べ人数2100名余で,入院患者の受け入れに際しては,送る側の負担を軽減するために手続きを簡略化し,氏名,年齢,病名の情報だけで一括して受け入れる体制にした。また,透析患者を一時的に当院に入院させ北海道へ搬送する中継基地としての役割も果たすことができた。避難所への医療を維持するために新しいエリア・ライン制度を提唱し,長期滞在の医療チームに地区の医療を担ってもらうことで,この半年の医療を維持することができた。全国からの食料・医薬品の供給,医療チームの派遣など物心両面での暖かいご支援のおかげで,東北大学病院は医療の最後の砦としての機能を果たすことができた。

Key Words
東日本大震災,東北大学病院,医療支援,エリア・ライン制度,医療復興

はじめに

 2011年3月11日14時46分に発生した東日本大震災は,牡鹿半島の130キロの三陸沖を震源として最大震度7.0,マグニチュード9.0と歴史的な規模であり,地震とその後に起こった大津波により,青森から茨城の広範囲に甚大な被害をもたらした。東北大学病院は研究室や手術部,検査部,外来棟などに大きな被害を受けたが,病棟は制震構造となっており,患者にはほとんど被害が及ばなかった。また,職員も全員が無事であったことが幸いし,日ごろの訓練通り初期対応を速やかに行い,それに引き続いて県内外の医療機関への支援を実施することができた。本稿では今回の東日本大震災における東北大学病院の対応をまとめるとともに,その際に得られたいくつかの反省点や教訓について述べる。

東北大学病院の被害状況と初期対応

 大震災直後はすべてのライフライン(電気,ガス,水道,エレベーター)が停止状態となった。病棟には1000名を超える患者が入院中で,外来でも多くの診療科が診療を継続していた。また,手術部では9件の手術が進行していた。激しい揺れのなか,病院職員は,自分自身の身の安全を図りつつ患者の安全確保のために懸命の努力をした。ICUなどでは停電のために生命維持装置が一時的に停止するなどの混乱が生じたが,昼間の明るい時間帯であったことも幸いし,勤務していた多くの職員の助けを借りて適切に対応できた。手術も余震の続くなかで継続され,終了後は人力で病棟へ搬送した。
 33年前の宮城県沖地震と同規模の地震が,今後20年以内にはほぼ確実に起こることが想定されていたので,東北大学病院ではそれに備えて毎年災害対策本部を立ち上げる訓練とトリアージ体制を作る訓練を実施してきた。今回も,訓練通り発災後20分後には対策本部を設置し,40分後にはトリアージ体制を立ち上げることができた。機能を保っていた院内電話での連絡で,患者や職員は全員が無事であることは確認されたが,診療科の研究室は被害が甚大で,検査室は水道管などの破裂でほぼ壊滅的,新旧外来棟も水漏れで一部使用不能,手術部も一時的には立ち入り禁止にせざるをえない状態であった。災害対策本部で院内の情報を整理し病院機能の復旧に着手するとともに,院内の災害対策を再点検することで早急に対策が必要なことがいくつか明らかになった。最も危惧されたのは,食料と医薬品,生活用品の不足で,これまで食料は3日分の備蓄があるといわれてきたので安心していたが,この3日分は患者用であり,2500人いる職員の食料は全くないことが判明した。また,これまで取り組んできた無駄をなくす活動の成果が裏目に出て,医薬品などの在庫が極端に少なく,数日で品切れになる恐れがあった。衛星電話を介して全国の大学病院に緊急の支援を依頼するとともに,在京の大学関係者にも食料や医薬品をできるだけ調達し届けてくれるように依頼した。発災後の翌日より支援物資が届き始め,東北大学病院は食料や医薬品の心配なく,むしろ豊富な物資を被災地の病院に搬送し支援活動を行うことができた。
 大学病院の機動性を保つために学内の多くの部局に申し入れをして,大学病院に運転手つきで所属車両を集めてもらうことにした。3月11日には多くの医師が各地の病院に出張しており,数日後には彼らが被害の甚大であった地域の情報を持ち帰ってくれたので,比較的早期から,正確な情報に基づいて必要とされる支援を行うことができた。

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