酸化ストレス
リン脂質ヒドロペルオキシドグルタチオンペルオキシダーゼ(PHGPx)と男性不妊
HORMONE FRONTIER IN GYNECOLOGY Vol.19 No.2, 59-70, 2012
Summary
リン脂質ヒドロペルオキシドグルタチオンペルオキシダーゼ(PHGPx,GPx4)は,N末端の輸送シグナルの違いによりミトコンドリア型,非ミトコンドリア型,核小体型の3つのタイプが存在する精巣・精子に強く発現する抗酸化酵素である。これまでにヒト男性不妊症患者の精子でPHGPx発現低下症が報告されていたが,精巣特異的PHGPxノックアウトマウスがヒトと同様に重度乏精子症を発症することが明らかとなり,精巣・精子でのPHGPx発現低下が男性不妊症の原因であることが明らかとなった。本稿では精巣・精子での3つのタイプのPHGPxの機能についても概説する。
Key words
●グルタチオンペルオキシダーゼ ●重度乏精子症 ●セレン蛋白質 ●ミトコンドリア ●SNP ●ノックアウトマウス
はじめに
成人カップルの7組に1組が不妊であることが現在報告されている。そのうち男性が原因である場合,女性が原因である場合がそれぞれ約50%であると考えられているが,男性,女性を決定するY染色体やX染色体における変異や欠損は,男性不妊症や女性不妊症の直接の原因となる。しかし常染色体に存在する遺伝子の場合は,不妊症の原因となるかはノックアウトマウスの解析などから明らかになる場合が多い。われわれは,常染色体(ヒトでは第19番染色体短腕)に位置する精巣・精子に強く発現している抗酸化酵素の1つであるリン脂質ヒドロペルオキシドグルタチオンペルオキシダーゼ(phospholipid hydroperoxide glutathione peroxidase;PHGPx,GPx4)が,ヒト男性不妊症患者の精子において著しく発現低下している症例をはじめて見出した 1)。さらに最近,精巣特異的PHGPxノックアウトマウスを作製することにより,ヒト男性不妊症と同様の症状を示すことを明らかにし,PHGPxの精巣・精子での発現低下が男性不妊症の原因であることを明らかにした 2)3)。
本稿では,PHGPx,GPx4と男性不妊症との関連に着目し,精巣・精子での機能について,われわれの研究成果も含め最近の知見を解説する。
PHGPx(GPx4)のユニークな酵素活性
PHGPx(GPx4)は,生体膜を構成するリン脂質が活性酸素により酸化されて生成した酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシドを,グルタチオンを補酵素として直接還元できる抗酸化酵素である 4)5)。過酸化水素の還元能は低い。酸化されたグルタチオンはグルタチオン還元酵素により還元型に戻るため,グルタチオンサイクルを利用して効率よくリン脂質の酸化を防御できる(図1)。

精巣・精子にはグルタチオンペルオキシダーゼのホモローグとして,主に過酸化水素を還元する細胞質型グルタチオンペルオキシダーゼ(cGPx,GPx1)が存在するが,この酵素はリン脂質ヒドロペルオキシドは還元できない。興味深いことにPHGPxノックアウトマウスは胚発生過程の初期(7.5日から8.5日)で致死となるが 6)7),GPx1のノックアウトマウスでは致死は誘導されない。また,PHGPx欠損受精卵 8)9)やPHGPx欠損マウス胎仔線維芽(MEF)細胞では致死が誘導され 2)3)10),この致死はビタミンEの添加で抑制されるが水溶性の抗酸化剤添加では抑制されない。このことからもPHGPxは,特に疎水領域である生体膜リン脂質の酸化の抑制にきわめて重要な役割を担っていることがわかる。
また,PHGPxは電子供与体としてグルタチオン以外に,蛋白質中のシステインのSH基を利用するチオールペルオキシダーゼ活性をもつことが明らかとなった。すなわち,PHGPxはリン脂質ヒドロペルオキシドを逆に利用して異なる蛋白質のシステイン同士を架橋するユニークな酵素反応を有する 11)(図1)。精子形成の際,PHGPx同士の架橋による精子ミトコンドリア中片部の構築 12)や精子核のプロタミンの重合の際に,この架橋反応が利用されているのではないかと考えられている 13)。
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。