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酸化ストレス

酸化ストレスと癌

─発癌のメカニズムと癌の進展への関与─

山下依子豊國伸哉

HORMONE FRONTIER IN GYNECOLOGY Vol.19 No.2, 33-37, 2012

Summary
 生体には,エネルギー産生のために必要な酸化システムとその過剰による悪影響を防ぐための抗酸化システムが備わっており,その恒常性が保たれていることが健康の維持に必要である。酸化と抗酸化のバランスが崩れて酸化が過剰になった状態を酸化ストレスと呼ぶ。酸化ストレスはDNAを直接傷害することによって癌の原因となる。過剰鉄による活性酸素種(ROS)の発生による発癌はその代表例である。最近では酸化ストレスの発生に関与する分子の異常が発癌のみならず癌の浸潤や転移など,癌の進展にも深く関わっていることが明らかとなりつつある。今後は癌の予防・治療への応用が期待されるところである。

Key words
●酸化ストレス ●ROS ●redox system ●鉄 ●発癌 ●浸潤 ●転移 ●低酸素 ●ワールブルク効果 ●HIF-1α ●FoxM1

酸化ストレス・活性酸素種とは

 好気性生物は酸素を利用して主にミトコンドリアでエネルギーを産生し,代謝を行っている。その過程で酸素のさまざまな中間分子が生成する。これらを総称して活性酸素種(reactive oxygen species;ROS)と呼ぶ 1)2)。フリーラジカルは,定義上,不対電子をもつために一般に反応性が高く,寿命が短い。ROSには,不対電子を有さないが自由鉄の存在下に同様の反応性を有する過酸化水素(H2O2)なども含まれる。ROSは,ミトコンドリアの電子伝達系およびペルオキシソームやファゴソームで生理的に産生され,エネルギー産生や食細胞の殺菌に作用している。それ以外に細胞膜でNADPHオキシダーゼ(Nox)ファミリーによって微量ながらも産生され,細胞内のシグナル伝達系,たとえばRasの経路やc-jun N-terminal kinase(JNK)またはp38と分裂促進因子活性化蛋白質キナーゼ(mitogen-activated protein kinase;MAPK)の経路,PI3K-Akt-mTOR経路などを介して細胞増殖や種々のパターンの細胞死(アポトーシス,細胞老化 3),オートファジー 4))に関与し,またNLRP3インフラマソームおよびnuclear factor-κB(NF-κB)経路を介して炎症惹起に関与する 5)6)など,さまざまな生理的作用を有することが近年明らかとなってきた。
 ROSはこのような生理的機能を有する一方で,過剰に産生されれば直接DNAを傷害し,あるいは糖,脂質,蛋白質を修飾することによって生体にとって有害となる。そのために細胞内には抗酸化作用を有するさまざまな酵素や,生体内に取り込むことができる抗酸化物質などの抗酸化システムが備わっている。恒常的に抗酸化作用を有する代表的な酵素としては,スーパーオキシドジスムターゼ(superoxide dismutase;SOD),カタラーゼ(catalase;CAT),グルタチオンペルオキシダーゼ(glutathione peroxidase;Gpx)が挙げられる 1)2)。SODはスーパーオキシド(O2-)のH2O2への変換を促進する。Gpxは基質として還元型グルタチオン(glutathione;GSH)を使用し,H2O2や過酸化脂質などの過酸化物を還元して無毒化する。CATも同様にH2O2を還元して水と酸素を生成する働きを有するが,CATはペルオキシソーム内で作用するのに対してGpxは広く細胞質内で作用するとされる。GSHと同様に細胞内のレドックス制御(redox signaling)において,抗酸化作用において重要な役割を担っている蛋白としてはチオレドキシン(Trx),Trx関連蛋白であるTrx2やペルオキシレドキシン(Prx),酸化作用を有するものとしてthioredoxin binding protein(TBP)-2などが挙げられる 7)8)。これら以外の重要な細胞内抗酸化システムとしてはKeap1/NRF2 systemがある。NRF2は転写因子であり,平常時には細胞質でKeap1と複合体を形成しているが,Keap1がそのシステイン残基を介して酸化ストレスを感知するとNRF2のみが複合体から離れて核内に移行し,GSHあるいはTrxを産生する酵素やヘムオキシゲナーゼ(HO)-1,Gpxなど種々の抗酸化酵素の転写を活性化するという仕組みとなっている 1)。

 酸化作用と抗酸化作用のバランスが崩れ,酸化作用が過剰となった場合にこれを酸化ストレス(oxidative stress)という。酸化ストレスと癌の発生および進展に関する要因を図1にまとめた。

酸化ストレスは糖尿病,動脈硬化,老化(なかでも特に神経系の老化)やアルツハイマー病,メタボリックシンドローム 1)9),癌 1)10)あるいは炎症の発症や増悪 1)5)6)など種々の疾病とも関連することが判明してきており,その制御が医学的にますます重要となっている。

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