血栓症に関するQ&A PART6
9.その他 Q71 女性ホルモンとプロテインS欠乏症の関係について教えてください
血栓と循環 Vol.19 No.1, 232-234, 2011
Answer
女性ホルモン量の変化とプロテインS活性の変化
女性の性ホルモンには卵胞ホルモンのエストロゲンと黄体ホルモンのプロゲステロンの2種類があり,主として卵巣で産生され,一部は胎盤,副腎皮質でも生成される.静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)との関連性が指摘されているエストロゲンは,月経周期や妊娠・閉経などによってその値が大きく変化することが知られている.20代から30代の女性では,エストロゲンの主要な成分であるエストラジオール(E2)値は100~120pg/mLとピークに達し,その後40代から閉経期にかけてその値は30~50pg/mLに減少,閉経の時期を過ぎると10pg/mL以下にまで減少する.また,妊娠中には胎盤からエストロゲンが大量に分泌されるため,血中のE2は約30倍に増加し,妊娠後期に最も高値を示す.一方,男性ではテストステロンより生成されたエストロゲンが少量分泌されているが,その量は非妊娠女性の1/5程度である.
プロテインSは,血中では補体制御因子であるC4BPと強い親和性で複合体を形成し,遊離型のみが抗凝固作用を示すプロテインS活性を有する.プロテインS活性の低下には,先天性欠乏症を引き起こす遺伝的要因の他にも,プロテインSが合成される肝臓の機能障害,エストロゲンとプロゲステロンの合剤の経口避妊薬の服用など,多くの後天性因子の影響を受ける.特に,妊娠時のプロテインS活性は顕著に低下することが知られている1)2).私たちの研究グループは,一般住民2,690名を対象にプロテインS活性を測定した(図1).
その結果,プロテインS活性には性別により明らかな違いが認められ,30代と40代の女性は同年代の男性より約20%活性が低いことが示された.また,男性は加齢によりプロテインS活性は低下するが,女性では加齢による変化は見られなかった3).このことからも,女性におけるプロテインS活性は,30代後半にかけて血中のエストロゲンが高濃度になるために,プロテインS活性を抑制している可能性が推察できる.
VTE発症における女性ホルモンとプロテインS欠乏症の関連性
経口避妊薬とVTE発症リスクとの関連性については,これまでに欧米において数多くの疫学的調査や臨床試験が行われ,経口避妊薬服用者は服用していない女性に比べてVTE発症リスクが約2~6倍に増加することが報告されている4).また,血中のエストロゲンが増加する妊娠期間中は,抗凝固能を有するプロテインSの低下だけでなく,血液凝固能の亢進や線溶能の低下,血小板の活性化などが生じるために非妊娠期間に比してVTEが起こりやすい.2010年には名古屋大学の鈴木らによって,エストロゲンがプロテインSを低下させるメカニズムについて, 肝細胞を用いた詳細な検討が行われた.その結果,E2がエストロゲンレセプターαを介して,プロテインSのプロモーター活性を抑制することにより,プロテインS のmRNA発現,蛋白質合成が抑制されることが明らかとなった5).
日本人を対象とした疫学的調査が乏しい中,最近では,国内においても経口避妊薬服用者が増加し,さらには,加齢に伴うエストロゲンの低下が更年期障害の要因の1つであるために,更年期障害の症状の軽減を目的とした,ホルモン補充療法(hormone replacement therapy:HRT)が注目され広まりつつある.しかしながら,その一方で,HRT開始直後はVTE発症リスクが高まるとの報告もされている4).欧米では,VTEの遺伝的リスク因子である凝固第Ⅴ因子Leiden変異(FV R506Q)保有者は経口避妊薬服用やHRTによって,VTE発症リスクが約15~30倍に増加することが報告されている6)7).これまで日本人にはFV R506Q変異は同定されていないが,VTEとの関連が示されたプロテインS遺伝子変異のプロテインS K196E変異が約55人に1人の頻度でヘテロ接合体であることが算出されている.この変異は1993年に名古屋大学,徳島大学,三重大学がそれぞれVTE患者に同定したミスセンス変異であり,私たちの研究グループにおいて,ヘテロ接合体保有者の血中プロテインS活性は平均16%の低下(p<0.0001)を示した(図2).
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。