血栓症に関するQ&A PART6
8.薬剤 Q62 ジピリダモールの抗血栓作用の機序について教えてください
血栓と循環 Vol.19 No.1, 207-209, 2011
Answer
ジピリダモールの作用機序の一般的説明
脳梗塞または一過性脳虚血発作(TIA)既往患者の二次予防において単独服用でも効果があり,さらにアスピリンとの併用により有効性が高まることがEuropean Stroke Prevention Study 2(ESPS-2)によって示されて以来1),ジピリダモール徐放性製剤は心原性を除く脳血管障害二次予防目的に頻用されてきた.同様の検討で,アスピリンとの併用(両者の合剤アグレノックスが欧米では認可されている)の効果は,東洋人も数多く参加したPrevention Regimen for Effectively Avoiding Second Strokes(PRoFESS)試験ではクロピドグレル単独療法と比較してほとんど同等であることが示されている(ただし,重要な副作用である脳出血が多い;併用群83例に対し単独群45例) 2).したがって,ジピリダモールとアスピリンの併用ないしクロピドグレル単独療法がさまざまなガイドラインで,脳血管障害二次予防に推奨されている.
このように評価の高い薬物であり,古くから用いられているため,その作用機序はよく研究されており,(1)アデノシンの細胞への取り込み阻害,(2)ホスホジエステラーゼ(PDE)阻害,(3)その他の作用が知られている.3つの作用機序のうち(1)と(2)は,脳血管障害二次予防目的において,最近,極めて有望なCilostazol for prevention of secondary stroke(CSPS 2)試験3)の成績が報告されたシロスタゾールと同様である.したがって,ともに脳血管障害二次予防で頻用されるジピリダモールとシロスタゾールの作用機序の異同は臨床に直結する重要な問題である.その上,やはり最近,非常に話題のADP受容体の1つP2Y12の阻害薬(チカグレローやカングレローなど)に共通する呼吸困難などの副作用がアデノシン取り込み阻害(前記(1))によるものであるという極めて有力な仮説がある4).この仮説を検証する上で,ジピリダモールで得られた知見が有用であることは言を待たない.また,服用時の血中濃度0.8~3.6μM 5)と懸け離れた濃度を用いた研究はあまり参考になりそうもない.そこで,今日的観点から,古くから使用されてきた本薬剤の作用機序について,臨床的血中濃度を参考(表1)に解説をしたい.
ジピリダモールのアデノシン細胞内取り込みの阻害
アデノシンは血小板のA2受容体を介して,細胞内環状アデノシン一リン酸(cAMP)濃度を上昇させ,その活性化を阻害する6).また,循環器系にも大きな影響を有する.アデノシン二および三リン酸(ADP,ATP)などのアデニンヌクレオチドはどの細胞内にも存在する.虚血などによる細胞障害時,血液中に放出されたATPやADPは,細胞表面にある酵素であるCD39によりアデノシン一リン酸(AMP)に変換され,さらにCD73などによりアデノシンとなる.おそらく,生理活性の高いアデノシンの血中濃度が恒常的に高いままでは,循環器系に影響が大きいため,血液中のアデノシンは拡散型ヌクレオチドトランスポーター(equilibrative nucleoside transporter:ENT)によって赤血球や内皮細胞などに取り込まれる.その後,細胞内でアデノシンデアミナーゼやアデノシンキナーゼにより,前者によりイノシンへ,後者によりAMPに変換され,アデノシンの血中濃度が低く保たれることとなる.ジピリダモールをin vitroで全血に添加した場合,ENTを1μMで90%,10μMでは,ほぼ完全阻害する7).また,1週間服用後のex vivoの系でもこの作用は確認されている8).したがって,ジピリダモールは,臨床的に用いられる濃度で,局所のアデノシン血中濃度を上昇させ,血小板機能を阻害する効果を有すると考えられている.一方,シロスタゾールの場合は,単回服用後1.2~2.1μMの血中濃度に達するが,ENTの阻害効果はIC50値が5~10μMと,やや臨床的血中濃度より高いことが報告されている9).
チカグレローなどはジピリダモールと同様の作用を有するか?
前述のように,盛んに臨床開発が進められているP2Y12の阻害薬のチカグレローやカングレローはアデノシンに類似した構造を有する.そこで,呼吸困難や心休止などの副作用は,アデノシンの取り込み阻害による効果ではないかという有力な仮説がある4).ところが,最近の極めて単純な系の研究報告はこの仮説に否定的である10).すなわち,これらのADPの血小板活性化効果を抑制するP2Y12阻害薬の存在下では,通常,血小板活性化に働くADPが,前述のCD39およびCD73などによりアデノシンになるため,赤血球の少ない富血小板血漿では逆説的に血小板活性化抑制効果を有するようになる.興味深いことに,全血では,アデノシンの赤血球への取り込みのため,このADPの抑制効果がなくなる.ところが,ここにさらに,ジピリダモールを添加するとアデノシン取り込みの阻害のため,やはりADPの血小板活性化阻害効果が検出されるようになる.すべての実験は,P2Y12阻害薬存在下で施行されているから,P2Y12阻害薬に有意なアデノシン取り込み阻害効果があるのであれば,ジピリダモールの添加の効果など検出されないはずである.この単純明解な実験系で,チカグレローなどがジピリダモール様のアデノシン取り込み作用があることは,ほぼ否定的である10).周知のように,臨床的にも,ジピリダモールにも呼吸困難の副作用は記載されているものの,これはアレルギー症状の1つらしい.この点からも,先の仮説は否定的ではなかろうか.
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。