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血栓症に関するQ&A PART6

8.薬剤 Q57 プロスタサイクリンと血管再生について教えてください

川辺淳一

血栓と循環 Vol.19 No.1, 189-191, 2011

Answer
古くて新しい血管プロスタノイド─プロスタサイクリン

 プロスタサイクリン(PGI2)は,主に血管内皮で産生され,血管局所で強力な血小板活性抑制や血管平滑筋弛緩,さらに平滑筋細胞増殖抑制作用を発揮し,血管機能維持に重要な役割をもつ血管プロスタノイドとして知られています.構造的に安定なPGI2合成アナログが開発されると,上記の薬理作用を期待し,閉塞性動脈硬化症などの末梢虚血性疾患や肺高血圧症の治療薬として臨床利用され,その有効性が証明されています.
 一方,基礎研究の分野でも,さまざまなPGI2アナログを用いた薬理学的研究に加え,PGI2合成酵素(PGS)遺伝子導入やPGI2特異的受容体であるIP欠損動物などを用いた分子生物学的アプローチの研究から,新しいPGI2の作用や生体における役割が明らかになってきました1).そのなかでも,注目されている作用の1つが血管再生作用です.最近の再生医学医療の進歩を背景に,さまざまな細胞や遺伝子導入研究のなかでPGI2の血管再生作用が確認され,新たな臨床応用が期待されるようになってきました.

プロスタサイクリンの血管再生作用

 動脈硬化において,血栓形成や平滑筋細胞増殖に加えて障害血管内皮の再生度(再内皮化)も重要な病態進展の影響因子の1つです.IP欠損マウスにおける障害血管の再内皮化の減弱と血管リモデリング増強や,PGI2アナログやPGS遺伝子導入による再内皮化の促進と血管リモデリング抑制効果など,PGI2による障害血管の内皮再生を促す効果が報告されています2)3).また,PGI2アナログやIP欠損マウスなどを用いた研究で,末梢動脈閉塞モデルなど虚血臓器における血管新生をPGI2が促進する,あるいは骨髄細胞やhepatocyte growth factor(HGF)遺伝子導入療法の血管新生効果をPGI2が相乗的に高めるという報告もされています4).
 以上のように,障害血管の内皮再生や虚血臓器における血管新生といった血管再生にPGI2が密接に関与していることは,多くのin vivo病態モデルで明らかになってきました.PGI2の血管再生作用の機序に関して,PGI2の血管拡張作用により,血管新生作用の「主役」の骨髄細胞や血管増殖因子(遺伝子)を局所にデリバリーしやすくする,あるいは血管周囲の組織での血管増殖因子産生を促進するなど「脇役」として間接的に働くことが想定されていました.最近,血管再生の当事者である血管内皮細胞あるいは血管前駆(幹)細胞への直接作用を介して血管再生に寄与していることが明らかになってきました.

内皮細胞におけるプロスタサイクリンの役割

 PGI2の作用の多くは,細胞膜にある特異的受容体IPからGs-cAMP伝達系を通じて発揮されています.内皮細胞にもIPが発現していることが知られていましたが,PGI2の作用は不明でした.PGI2アナログ化合物が開発されると,PGI2の内皮細胞の増殖,管腔形成などの血管新生作用が明らかにされてきました.内皮細胞内のeNOSは,内皮依存性弛緩作用はもとより,内皮増殖や血管新生などにも関わる重要な蛋白ですが,PGI2はIP-cAMP系を介してeNOSとの密接なクロストークを通じて内皮機能を調節していることが報告されています5).また,内因性PGSの一部は核膜に局在し,IP以外の情報伝達系の存在が推測されてましたが,その1つが核内受容体Peroxisome proliferator-activated receptors(PPAR)であることがわかってきました6).現在,PGI2による血管新生作用の一部もIP非依存性にPPARを介していることが報告されています.PPAR系は,血管新生も含めさまざまな細胞機能調節に重要な情報伝達系であり,さらなるPGI2の新たな役割解明の糸口になることが期待されています.

プロスタサイクリンの新しい標的細胞─血管前駆(幹)細胞

 最近,PGI2は内皮細胞に加えて血管再生に大きな役割をもつ内皮前駆細胞(endothelial progenitor cells:EPC)や間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC)に作用して,障害血管の再内皮化に作用や血管新生を促進することが明らかになってきました.われわれは,骨髄IP欠損マウスモデルを用いて,障害血管の再内皮化におけるEPC機能にPGI2が重要な役割を果たすことを報告しました7).PGI2は,EPCにおいてIP依存性にインテグリン接着分子発現を誘導し,末梢血へ動員されたEPCの障害血管壁への付着・増殖を亢進させ,障害血管の内皮再生を促すことを明らかにしました.
 Heらは,長期培養して調製した内皮へ分化の進んだlate EPCを用いて,細胞の管腔形成など血管新生能がPGI2により促進することを報告しています8).IshiiらはPGS遺伝子導入によりMSCに持続的にPGI2を産生させると,MSCの局所での生存率や血管増殖因子産生を亢進させ,血管新生および下肢虚血改善効果が亢進することを報告しています9).EPCの発見当初は,内皮細胞化して新生血管の構成に寄与すると想定されていましたが,実際の生体内での血管新生において,むしろ血管新生因子産生などを介した間接的に血管新生をサポートする機序が主と考えられています10).われわれは,IP欠損マウスの下肢虚血モデルを用いて検討したところ,虚血組織の長期にわたる安定した血流改善には組織局所の血管へのPGI2作用よりEPCのPGI2系が重要であることがわかりました11).興味深いことに,PGI2はEPCの血管増殖因子産生能を亢進するとともに,新生血管内皮周囲への付着を促進し,新生血管の「量」ばかりでなく安定した新生血管の形成という「質」にも作用することが推測されています.

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