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血栓症に関するQ&A PART6

4.心臓 Q35 ステント留置後の抗血小板療法をいつまで続けるべきでしょうか

多田朋弥木村剛

血栓と循環 Vol.19 No.1, 122-125, 2011

Answer
はじめに

 虚血性心疾患の治療として冠動脈ステントを用いた経皮的冠動脈形成術(PCI)が標準的治療として広く行われている.この冠動脈ステントの導入によりバルーン拡張術のみ行われていた時代に問題であった急性冠閉塞の発生は激減したが,PCIにおけるもう1つの問題である再狭窄(内膜増殖)は従来のステント(bare metal stent:BMS)では十分に解決されず,再狭窄は常にPCIのアキレス腱とされてきた.この再狭窄を解決すべく登場したのが薬剤溶出性ステント(drug eluting stent:DES)である.さまざまな大規模臨床試験においてDESは再狭窄に対する良好な成績を示したことから急速に普及し,米国では2002年に発売開始されたが,2005年にはステント使用に占める割合は実に80%に達した1).一方,ステント留置後の遠隔期にステント留置部で血栓性閉塞を生じる遅発性ステント血栓症や超遅発性ステント血栓症というBMS時代にはあまりみられなかったDES特有の現象が報告されステント留置後の抗血栓療法はより重要視されることとなった.一方,抗血小板療法に伴う消化管潰瘍等の出血性合併症の問題や虚血性心疾患と好発年齢を同時期にする悪性腫瘍や整形的疾患に対する外科的手術を行う際の中止等の問題が存在することから,抗血小板療法の至適継続期間に関しては議論されるところである.

ステント血栓症と抗血小板療法

 初期のステント血栓症予防にはアスピリンとワルファリン併用による抗血小板,抗凝固療法が行われていたが,1998年にSTARS試験2)において抗血小板剤2剤併用療法(dual-antiplatelet therapy:DAPT)であるアスピリン+チクロピジンがアスピリン+ワルファリンと比較して有意にステント血栓症を抑制することが証明され,現在ではアスピリン,チエノピリジン系抗血小板剤2剤併用療法が標準的となっている.本邦で入手可能なチエノピリジン系抗血小板薬にはチクロピジン,クロピドグレルがあるが,チクロピジンは,内服により肝障害,血栓性血小板減少性紫斑病,無顆粒球症等の重大な副作用がしばしば発生することが問題である.クロピドグレルはより副作用が少ないため,ローディング投与が可能で効果発現までの時間が短いという特徴をもち現在では標準薬となっている.アスピリンは基本的に永続投与されるが,BMS留置後のDAPT必須継続期間は1ヵ月とされている.DES留置後ではBMSと比較しその新生内膜増殖抑制効果により再狭窄を減少させたものの,再内皮化が遅れることで金属が剥き出しとなっている期間がより長いと報告され3),より長期のDAPTが必要と考えられている.添付文書上SESでは3ヵ月間,PESでは6ヵ月間継続が必要とされている.2006年の欧州心臓病学会において,DES留置後のステント血栓症発症率はBMS留置後とは異なり1年後以降も年率0.6%程度で発生率の減少を認めないと報告され4),ACC/AHA/SCAIガイドライン2007では出血リスクが高くない患者に関しては1年間の継続が推奨された.ただし,現時点ではこの投与継続期間の根拠となる十分なエビデンスは得られていない.長期のDAPTが超遅発性ステント血栓症を抑制したとする報告も散見される5)6)一方,長期投与の有益性に否定的な報告も存在する.韓国のS.J.ParkらはDES留置後12ヵ月を経過した症例を対象に,アスピリン単剤療法とアスピリン+クロピドグレル併用療法に無作為割り付けするランダム化試験を行い,割り付け後2年時点での心筋梗塞,心臓死を含む主要評価項目において有意差はなく,冠動脈ステント留置後1年を越えるDAPT継続の有効性は認めなかったと報告している7)(図1).

また日本人におけるSES留置患者を対象としたj-Cypherレジストリーでは日本人患者のステント血栓症の発生頻度は,1年,2年でそれぞれ0.54%,0.77%と欧米での報告と比較し頻度が低く,ステント留置後,チエノピリジン系抗血小板薬の6ヵ月を超える継続は死亡もしくは心筋梗塞に影響を与えていない可能性が示された8).

抗血小板療法による出血性合併症について

 虚血性脳卒中および一過性脳虚血発作(TIA)に対してすでにクロピドグレルで加療中の患者を対象にアスピリン追加投与による虚血性血管イベント抑制効果を評価した無作為ランダム化試験であるMATCH試験9)では,一次エンドポイントに設定された虚血性脳卒中,心筋梗塞,心臓血管死などの複合エンドポイントはアスピリン併用により有意なリスク減少が認められなかったにもかかわらず,出血性合併症が有意に増加したと報告されている(平均追跡期間18ヵ月,クロピドグレル単独群2.6%vs.クロピドグレル+アスピリン併用群1.3%,絶対リスク上昇1.3%,95%CI:0.6-1.9,p<0.0001).
 日本で慢性期の心血管疾患,脳血管疾患患者を対象に行われたBAT試験では,経口抗血小板薬や経口抗凝固薬などの抗血栓療法による出血リスクを多施設前向き観察研究で評価している10).抗血小板療法単独群と二種以上の抗血小板薬併用療法群の出血リスクの比較では致死性出血を含む大出血に関しては単独群では年率1.21%,併用群では年率2.06%で有意差は認めなかったものの併用群でリスクが高い傾向にあり(相対リスク1.62,95%CI:0.77-3.39,p=0.202),小出血を含む全出血は単独群で年率11.6%,併用群で年率16.6%と併用群で有意に多い結果であった(相対リスク1.37,95%CI:1.07-1.76,p=0.014).さらにBAT研究では経口抗凝固薬であるワルファリン使用患者の抗血小板薬併用に関する検討も行われているが,大出血は年率3.56%,全出血は年率19.7%と出血イベント発生率は非常に高いことが報告されている(図2).

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