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血栓症に関するQ&A PART6

3.脳 Q30 脳梗塞急性期治療における脳保護薬の役割とはどのようなことでしょうか

杉本太路細見直永松本昌泰

血栓と循環 Vol.19 No.1, 106-110, 2011

Answer
脳循環改善,neurovascular unit,そして虚血耐性

 脳梗塞の最も有用な治療は,脳虚血による障害反応が生じる前に虚血を解除することであり,その点で組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t-PA)は期待される1).本邦でも2005年に使用承認されたが,発症後3時間以内に投与可能な症例に限られるとともに,厳密な適応が定められており,治療の適用が実現できない症例が多い.本邦においては多施設のデータで脳梗塞全体の2.5%のみに適用されていた2).たとえtherapeutic time windowが4.5時間に拡大して適用されても3),なおその状況には変わりがないと考えられる.そこで脳虚血によって引き起こされるさまざまな細胞障害メカニズムから脳組織を保護し,虚血巣の拡大を防ぐ治療が望まれている.これまでに神経細胞保護を目指した治療薬の開発が多数行われてきた.脳虚血急性期における虚血中心部とペナンブラ領域を含む虚血周辺部では,その血流低下の程度の違いにより異なった病態とその進行を示している可能性がある.この病態の差異はt-PAによる再灌流療法をあてはめて考えると理解しやすい.虚血中心部においては再灌流により出血性脳梗塞の合併が増加する.その病態は血液脳関門の破綻であり,これがt-PA治療のtherapeutic time windowに大きく関与している.したがって血液脳関門を構成する細胞やこれに関与する物質を含むneurovascular unit4)(図1)の保護が必要である.

虚血周辺部(ペナンブラ領域を含む)においては免疫細胞の活性化や内皮機能障害が起こり,微小循環障害によりno reflow現象がみられたりする5)6).これらの病態を改善することによってt-PA治療による出血性脳梗塞の合併を抑制したり,血流再開までの低酸素・低栄養状態でも細胞障害が進まないよう細胞を保護できる治療薬の開発がより一層期待される.さらに,再灌流自体による急激な酸素供給や血液中に存在するサイトカインなどによる組織障害も知られており,これは虚血再灌流障害と呼ばれる.これらに対する治療的対応も考慮する必要がある.

 軽度な虚血負荷が加わった一定時間後には,虚血侵襲に対する抵抗性が高まっており,この現象は虚血耐性と呼ばれている7).虚血耐性は再現性が高く,その分子機構の解明に向けた研究が盛んに行われている.ストレス蛋白,抗アポトーシス蛋白,神経栄養因子,転写因子などの虚血耐性への関与が研究されており8),これらの病態の解明が新規脳保護薬につながると期待される.これまでCa2+/calmodulin-dependent protein kinase Ⅰ/Ⅳ(CaMK Ⅰ/Ⅳ)による,神経細胞の生存に重要な転写因子であるcyclic AMP response element-binding protein(CREB)の活性化メカニズムは解明されていなかった.本年Sasakiらは,CaMK Ⅰ/Ⅳはsalt-inducible kinase 2(SIK2)を減少させることで,SIK2により核への移行が制限されているtransducer of regulated CREB activity 1(TORC1)の核移行を促進し,このTORC1を介したメカニズムによりCaMK Ⅰ/ⅣはCREBを活性化することを報告した9).このようなことからSIK2を阻害することが脳保護につながると考えられ,現在SIK2-TORC1-CREB経路が注目されている10).また一方で,アポトーシス非依存性の神経細胞死の一部にオートファジーが関与することが示され,神経細胞死の抑制メカニズムとして注目されている11)-13).図2に虚血性神経細胞死の発生機序を示す14).

フリーラジカル除去

 脳虚血によって引き起こされる組織障害メカニズムは,エネルギー欠乏,細胞興奮毒性,酸化的障害,微小循環障害,炎症,アポトーシスなどがあり15),脳虚血の時相により主となるメカニズムが異なると考えられている.また,これらに対し組織保護メカニズムが存在することが知られているが,その保護メカニズムも各時相で主となるものが異なっている可能性がある.脳保護に関与しうる機序は多岐にわたり,機序の解明を通して検証し多くの薬剤が脳保護薬として臨床試験に至っている16).このように検証を進め臨床試験にも数多くがエントリーされているにもかかわらず,現状で市販にまで至った薬剤はエダラボンを除いてまだみられない.日本で承認されている唯一の脳保護薬であるエダラボンはフリーラジカル捕捉薬で,臨床第Ⅲ相試験では対象を穿通枝領域梗塞に絞った検討で効果を認めた17).また一方で,エダラボンは実験的にグリセロールを上回る抗浮腫作用がみられたり18),t-PAとの併用で出血性合併症を軽減することが示され19),脳血管保護の観点からも注目されている.欧米では同じくフリーラジカル捕捉薬であるcerovive(NXY-059)が期待され,臨床第Ⅲ相試験がthe Stroke-Acute Ischemic NXY Treatment(SAINT)-Ⅰ,SAINT-Ⅱと2回実施された.SAINT-Ⅰでは偽薬群に対して3ヵ月後のmRSが改善されたと判定され,さらに出血性合併症が偽薬群に対して抑制された20).しかしながら症例数を増加させたSAINT-Ⅱでは効果を認めず開発中止となり21),試験デザインの重要性がクローズアップされる結果となった.

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