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血栓症に関するQ&A PART6

3.脳 Q25 心原性脳塞栓症の血栓溶解療法について教えてください

長尾毅彦内山真一郎

血栓と循環 Vol.19 No.1, 90-91, 2011

Answer
脳梗塞急性期血栓溶解療法

 発症から3時間以内の脳梗塞の症例では,t-PAによる血栓溶解療法の適応を常に念頭に置いて診療を行う.認可されて5年が経過し,全国の脳卒中救急対応病院ではその体制がすでに整備され,日常診療の一環に組み入れられつつある一方,いまだに血栓溶解療法を1回も施行されていない二次医療圏が多数存在することも地域格差として大きな問題となっている.
 血栓溶解療法は少しでも早い時間で投与を開始することが症状改善には非常に重要であることは論を待たないが,最重症の脳梗塞病型である心原性脳塞栓症ではその施設の総力を挙げて血栓溶解療法に邁進する必要がある.

心原性脳塞栓症の臨床的特徴

 心原性脳塞栓症は心疾患を基礎疾患として,心臓内に形成された血栓の一部が遊離して,脳動脈に流れ着き,急激に脳血管を閉塞して脳梗塞を生じせしめる.最近は非リウマチ性心房細動が基礎心疾患のなかで圧倒的な頻度を占めている.心房細動の有病率は高齢になると急激に上昇するため,心原性脳塞栓症の発症も80歳以上の高齢者が非常に多いのが特徴である.心房細動で拡張した左房内で形成される心内血栓は比較的大型であり,遊離する血栓子も他の脳梗塞病型よりも大型であるため,脳動脈のより近位部で血管腔を一気に詰めてしまうと想定される.そのため,側副血行路を形成する時間的余裕はなく,血管を完全閉塞してしまうことが多いので,脳組織は急激に虚血性障害に陥ってしまう.特に内頸動脈閉塞例では発症からわずか30分であってもほぼ半球全体に不可逆性脳虚血が生じてしまうことも少なくない.逆に塞栓子は脆いフィブリン血栓主体と考えられ,理論的にt-PAによる血栓溶解効果が最も期待できる血栓のタイプでもある.
 もう1つの大きな特徴は急性期の自然再開通現象である.大半の症例では脳組織が不可逆性の壊死に陥った後に自身の線溶系の作用によって血栓が融解し血流が再開する.そのため,多かれ少なかれ出血性脳梗塞を自然経過として発症することが特徴であり,逆に閉塞血管の再開通所見,出血性梗塞の存在は心原性脳塞栓症診断の大きな根拠となる.血栓溶解療法はその再開通を超急性期に人工的に起こさせることで脳組織を救済する治療であるともいえるが,再開通の時期が少しでも遅れ,不可逆性となった脳領域に血流を再開させてしまうとt-PAによる線溶系賦活作用も相まって脳出血の併発と見紛うような重篤な出血性脳梗塞を誘発させる危険性をはらんでいるのである.血栓溶解療法に厳格な適応基準が存在するのはこのためである.
 なお,基礎疾患の中心をなす心房細動は,必ずしも慢性型とは限らない.発作性心房細動も慢性心房細動も塞栓症発症率には差はないことが多くの研究で実証されており1),塞栓症が疑われるが入院時に心房細動が確認できない症例も多いことは常に念頭におくべきである.長時間心電図モニターの実施や,心不全のマーカーであるBNP測定を実施することで積極的に発作性心房細動を検出する努力が必要である.BNP高値の症例では発作性心房細動がある確率が高いとされている2)し,急性期に長時間心電図で発作性心房細動を検知できる確率は高くはない3).単発のホルター心電図で心房細動が発見できなくても,その他の塞栓源が確定できない症例では,発作性心房細動を想定して治療指針を立てることも誤りではないと筆者は考えている.

心原性脳塞栓症に対する血栓溶解療法

 このように,心原性脳塞栓症は他の脳梗塞病型とはかなり特徴が異なり,血栓溶解療法を施行する際にも格段の注意が必要となる.脳梗塞病型としては最重症の病型であり,そもそも症状改善率は高くない4)が,寝たきりになりやすい高齢者が多く,一般的治療での改善に限界があるのは明らかなため,多少賭けになることは承知の上で,血栓溶解療法を積極的に施行することを勧めたい.
 発症時間に比して,脳の組織障害は拡大している可能性があるため,施行前の画像診断ではより詳細に早期虚血所見を評価する必要がある.MR拡散強調画像において,梗塞部位の外縁が高信号領域として明瞭に確認できる症例は,すでに脳虚血が完成されている可能性が高く,血栓溶解療法の適応からは除外する.反対に拡散強調画像において辺縁が段階状に淡く境界不明瞭な高信号を呈している症例では,今後さらに梗塞巣が拡大する可能性があり,何らかの方法で血流とのミスマッチを評価することが勧められる.拡散強調で高信号域を呈している領域と臨床症状(重症度),血管閉塞部位や灌流画像とを比較して,想定される血流低下部位が拡散強調画像高信号領域よりも2割以上広範囲の場合には,本治療によって症状が劇的に改善する可能性がある.
 内頸動脈塞栓の症例は,治療効果,予後とも極めて悪いことが知られているが,閉塞部位だけで血栓溶解療法の適応を判断するのは乱暴であり,前述の判定プロセスを経て,適応判定を行うべきと考える.大半の症例はその課程で適応外と判定されるが,一部適応症例が残り,劇的な症状改善をもたらすことがある.一方で,血管閉塞部位が中大脳動脈起始部から5mm以内の症例5)や,同動脈のM1部に磁化率強調画像で明瞭な血栓子が確認できる場合6)には,静注による血栓溶解療法の効果が極めて低いと報告されているので,動注療法,血栓回収・破砕などのさらなる追加療法をあらかじめ考慮する施設もある.

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