血栓症に関するQ&A PART6
1.成因・危険因子 Q13 流血中の組織因子は血栓症の病態にどの程度関与しているのですか
血栓と循環 Vol.19 No.1, 53-55, 2011
Answer
流血中の組織因子とは
凝固反応の開始因子である組織因子(tissue factor:TF)は,通常,血管外組織や血管外膜,内皮下の線維芽細胞,周皮/平滑筋細胞などの血液と直接接触しない細胞に膜蛋白質として発現している.この血管周囲に存在するTFは,血管傷害の際,“hemostatic envelope”として生理的血栓形成(止血)に働く.他方,リポポリサッカライド(LPS)やサイトカイン,トロンビン,脂質メディエータなどの作用により単球や内皮細胞などの血液接触細胞にもTFの発現が誘導される1).感染や炎症の局所でこれらの細胞に発現したTFは,血栓による異物の封じ込めや炎症反応の増幅,創傷治癒などに機能すると考えられる.しかし,エンドトキシン血症などの病態においては,その発現制御の破綻が播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation:DIC)などの要因になることが示されている.
1999年,健常人の血中に凝固活性を有する微量のTFが循環していることが示され(blood-borne TF,circulating TF,plasma TFなどと呼ばれるが,ここでは血中TFと記述する),この血中TFを介した新しい凝固反応の活性化・増幅機序が提唱された2).血中TFは,血球などから放出されるマイクロパーティクル(MP)に膜蛋白質として存在するTFと考えられている(MP-TFと略す).また,健常人の白血球や血小板にもTFの発現が報告されており,広義にはこれらを含めて血中TFと呼ばれる.他方,選択的スプライシングで膜貫通ドメインを欠如した可溶性のTFが流血中に同定されたが,これは凝固活性化能のないTFとの指摘もあり,血栓形成機序への関与についてはさらに詳細な検討が必要である.また,こうした報告よりも以前に,本邦の研究者らが血漿中にTFを同定しており,こうした血中TF発見の経緯や初期の研究成果の詳細については筆者の以前の総説を参照していただきたい3).
この数年,血中TFの濃度や産生細胞についての矛盾する報告が相次ぎ論争となっており,また,種々の病態における血中TFの増加が報告されているものの(後述),血栓症発症の危険因子か否かは示されておらず,本Q&Aの血中TFが「血栓症の病態にどの程度関与しているか?」の質問はいわゆるGood question(答えるのが困難)である.ここでは現時点での情報をまとめ,論点を明らかにしてみたい.
血中TFの濃度と産生細胞に関する論争
Butenasらの報告では4),健常人における血中TF濃度は20fM以下で,血管壁外周のTF(~20pM)に比べて非常に低濃度であり,この濃度では生理的血栓の形成(止血)には寄与していない可能性が強い.ただし,Furieらが示したように,血中のMPはP-セレクチンのリガンド(P-selectin glycoprotein ligand 1:PSGL-1)を有しており,活性化血小板に発現するP-セレクチンへの結合を介して血管障害部位へ集積し,局所的に高濃度になることも考えられる5).他方,研究者によってはpMオーダー濃度のTFが循環していることを報告しており,最も高濃度ではリウマチ患者の37pMが定量されている.病態によってはnMオーダーの血中TFが報告されているが,nM濃度のTFは即座に凝固を惹起させることから,この血中TFは活性が潜在化(encryption)している可能性が考えられる.
血中TFの産生細胞についても論争が絶えない.Østerudらによると6),健常人の血中では単球だけがTFを発現しており,またマイクロパーティクル分画にはTFは存在しないので,血中TFと呼べるものはこの単球TFだけだという.さらに,試験管内においてLPSで血液を刺激すると,単球のTF発現は増加し,これに伴いマイクロパーティクル分画にもTF活性が検出されるようになるが,血小板や他の血球にはTF発現は誘導されないと報告している.これは,血小板や顆粒球にもTFのmRNAおよび抗原が存在するという他の研究者の報告と矛盾する7).
ButenasやØsterudらは,こうした濃度や産生細胞に関する結果の不一致は,TF抗原検出に用いた抗体および活性測定法の特異性や信頼性に起因するものと指摘している.例えば,急性冠症候群ではnM濃度まで血中TFが増加することが報告されているが(後述),同様の症例におけるButenasらの測定では,高濃度でも0.4pMを超えないという.また,活性測定においては,TF活性の潜在・顕在化状態やTFPI(tissue factor pathway inhibitor)発現の差異なども結果に影響していると思われる.今後,標準化された測定法を用いたさらに詳細な検討が必要である.
各種病態における血中TFの増加
測定法の信頼性の問題は残るものの,種々の疾患における血中TFの増加が示されており,患者の易血栓傾向との関連が示唆されている.動脈硬化性プラークにおいて,TFは泡沫化したマクロファージや平滑筋細胞などに多量に発現し,また,これらの細胞から由来すると思われる非細胞性のTFが蓄積しており,プラーク破裂の際,血栓形成を惹起する要因になることが示唆されている.急性冠症候群で血中TFが増加するが,これはプラーク内から放出された可能性が高い.エンドトキシン血症で血漿中のTFが増加するが,単球を含む種々の細胞から由来するMP-TFと考えられている.急性前骨髄球性白血病細胞や固形癌細胞ではTFが高発現している場合があり,患者の易血栓傾向との関連が示唆されている.こうした患者において,血中TFが高値を示す例が報告されており,この血中TFは癌細胞やその周辺の炎症性細胞,腫瘍新生血管の内皮細胞などに発現するTFに由来すると考えられている.鎌状赤血球症において内皮細胞と単球から由来する血中TFの増加が報告されている.以上のように種々の疾患において血中TFが高値を示し,病的血栓の形成に寄与する可能性が示唆されている.
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。