血栓症に関するQ&A PART6
1.成因・危険因子 Q9 糖尿病における動脈硬化・血栓に対する酸化ストレスの関与について教えてください
血栓と循環 Vol.19 No.1, 38-41, 2011
Answer
糖尿病における酸化ストレス亢進機序
糖尿病における酸化ストレス亢進の機序としては,さまざまな機序が推定されている(図1).グルコース代謝の副経路であるポリオール代謝系の異常は,アルドース還元酵素による補酵素NADPHの消費によりNO合成系やグルタチオン還元酵素の反応を阻害し,血管の弛緩障害やROS消去能の低下を来す.最終糖化産物(advanced glycation endproducts:AGE)は,生体内蛋白の非酵素的糖化を介して生じた糖化蛋白がグルコース自動酸化や過酸化脂質由来のアルデヒド類との反応を経て産生される.糖尿病におけるAGEの産生にはポリオール経路からのフルクトース代謝亢進や,後述するNAD(P)Hオキシダーゼに代表される活性酸素産生系と消去系のインバランスが関与している.
逆にAGEは受容体(RAGE)を介してNAD(P)Hオキシダーゼを活性化することも報告されている1).細胞内のROS産生源としてミトコンドリア機能異常も重要と考えられている.ミトコンドリアは生体に必要なエネルギー源として電子伝達系におけるATP産生を行っており,この酸化的リン酸化の過程で逸脱した電子が酸素分子と反応しスーパーオキシドアニオンが発生するが,糖尿病状態では解糖系およびTCA経路への過剰なグルコース供給によってスーパーオキシドの産生が亢進してミトコンドリア外へ漏出することが報告されている.また,高血糖下では細胞内へ流入したグルコースからジアシルグリセロール(diacylglycerol:DAG)のde novo産生が増加し,PKCが活性化される.PKCは血管内皮型NO合成酵素(eNOS)によるNO産生を阻害するほか,内皮細胞におけるエンドセリン発現増加を惹起し,動脈硬化初期病変の構築に寄与している.さらにPKCは平滑筋細胞の増殖・アポトーシス誘導,細胞接着分子の分泌,単球の泡沫化への関与も示唆されており,これらの分子機序を介して動脈硬化を促進すると考えられる2).さらに,eNOS機能異常(uncoupling)や血管壁NAD(P)Hオキシダーゼの活性化を介して酸化ストレスを亢進させることも重要な役割を果たしている3).NAD(P)Hオキシダーゼは細胞膜および細胞質コンポーネントとsmall G蛋白Racから成る複合蛋白で,NADH/NADPHを基質として細胞外へスーパーオキシドを産生する.スーパーオキシドはスーパーオキシドディスミューターゼによって速やかに還元されて過酸化水素となり,細胞膜を容易に通過し,細胞内でヒドロキシラジカル(HO・)へと変化すると,非常に強い細胞傷害性を発揮する.糖尿病においては,NAD(P)Hオキシダーゼの活性化あるいは発現亢進と,血管合併症の発症・進展との関連が多く報告されている3)4).実際に著者らの検討では,糖尿病ハムスターの胸部大動脈組織の血管内皮から中外膜にいたる全層で著明にスーパーオキシド産生が亢進していることを示している(図2).
酸化ストレス亢進と動脈硬化・血栓の関連
糖尿病における酸化ストレス亢進は血管内皮細胞の機能異常を引き起こし,動脈硬化初期病変の形成に重要な役割を果たしている.近年,境界型あるいは発症早期の糖尿病からすでに冠動脈プラークの形成が進行していることが明らかとなり,その原因として,食後高血糖が重要視されている.食後血糖変動と生体内での酸化ストレス亢進が有意に相関するとの臨床研究が報告されている5).血管内皮細胞においては高血糖刺激下でNAD(P)Hオキシダーゼの活性化やeNOSのuncouplingによりスーパーオキシド産生が亢進する.また,AGEは細胞構成蛋白への直接的な障害に加え,RAGEを介した炎症性サイトカインや接着因子,細胞増殖因子の分泌促進によって単球の遊走・接着,血管平滑筋細胞の増殖を誘導し動脈硬化を促進する.一方,糖尿病ではレニン-アンジオテンシン系(RAS)阻害薬による降圧効果に依存しない直接的な抗動脈硬化作用が多く示されており,その分子メカニズムとしては,アンジオテンシンⅡ(AⅡ)刺激によるAT1受容体の活性化により,細胞内Ca2+濃度の上昇とDAGの産生を介してPKCが活性化し,NAD(P)Hオキシダーゼによるスーパーオキシドの産生が増加するという機序が推定されている.ところが実際には糖尿病患者では体循環系RASは亢進していないことが多く,RAS阻害薬は標的臓器局所におけるアンジオテンシンⅡ産生を抑制,あるいはAT1受容体の活性化を抑制することで酸化ストレス亢進状態を改善し,糖尿病大血管症の発症・進展を抑制している可能性が示唆される.著者らは,糖尿病における心血管系の酸化ストレス亢進に組織AⅡ産生に重要な役割を果たすキマーゼの発現亢進を介した組織RASの活性化が重要な役割を果たしていることを示す成績を得ている6).一方,キマーゼは肥満細胞の分泌顆粒から放出されるが,粥腫病変にも肥満細胞が浸潤しておりプラーク破綻のメカニズムとの関連が推定されている7).さらに,血管内皮におけるNO産生低下やPAI-1産生亢進にもこれら酸化ストレス亢進機序が関与しており,血栓形成を促進して心血管イベントの発症リスクを高めている.このように糖尿病における動脈硬化・血栓の成因として酸化ストレス亢進機序が注目されるが,糖尿病患者を対象とした臨床研究で動脈硬化性疾患に対する抗酸化薬の有効性を支持する成績は極めて少ない.著者らは血清ビリルビンの強い抗酸化作用に着目し,高ビリルビン血症を示す体質性黄疸ジルベール症候群を併発した糖尿病患者における血管合併症の発症頻度を検討した.糖尿病を合併した体質性高ビリルビン血症ジルベール症候群患者では,血清ビリルビン値正常糖尿病群と比べて酸化ストレス指標8-OHdGの尿中排泄量が有意に低値で,虚血性心疾患の合併も有意に低率であった.このことは糖尿病大血管症の発症・進展に酸化ストレスが関与することを示す有力なエビデンスと考えられた8)(図3).
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。