血栓症に関するQ&A PART6
1.成因・危険因子 Q7 喫煙による血栓傾向の機序について教えてください
血栓と循環 Vol.19 No.1, 31-34, 2011
Answer
喫煙が血栓傾向を起こす機序
喫煙が動脈硬化と血栓形成を基盤とした心血管イベントのリスクである事実は多くの報告で明らかになっている1).血栓症には血液,血管壁,血流の三要素が関わるとしたVirchowの提唱は,現在でも血栓症のリスクを考える基本となる.近年これらの要素に関わる分子機構の詳細が明らかになってきたが,喫煙は,主に酸化ストレスや炎症反応を惹起することにより,いずれの要素にも影響し血栓形成を助長する.実際にはこれらの三要素が密接に関連し心血管イベントのリスクが高まることになる.まず個々の成分に分けて喫煙の影響を検討する.
血液の因子
血栓傾向に関わる,凝固系,線溶系,血小板に分けて喫煙の影響を検討する.
1.凝固活性の過剰発現
凝固活性は凝固因子とその調節因子のバランスで調節されており,凝固因子の過剰,あるいは制御因子の量的質的異常が凝固活性過剰発現の原因となる.凝固因子としては Factor Ⅶ(FⅦ),FXⅡおよびフィブリノゲンの血中濃度の増加が血栓症のリスクとして報告されているが,喫煙者では非喫煙者に比して,活性型FⅦ(FⅦa)およびフィブリノゲンの血中濃度が有意に高い事実が示されている2).また喫煙者では,FⅦとともに外因系凝固を開始する組織因子(tissue factor:TF)の循環血漿中の活性が有意に高く,また,24時間禁煙後の喫煙によりさらに増強するとされる3).TFは通常血液と接触する細胞では発現しないが,炎症をはじめとする種々の病態時に血管内皮細胞や単球などの血球で増強する4).循環血漿中のTF活性は,これらの細胞を起源とするmicroparticle上に存在すると考えられる.FⅦaの活性発現はTFとの結合の有無に依存することから,喫煙による循環血液中でのTF活性増強は,血栓傾向の増強に直接つながることになる.
凝固制御因子として,tissue factor pathway inhibitor(TFPI),アンチトロンビン,プロテインCおよびSが重要である.これらの制御因子は正常血管内皮細胞上に発現する結合分子に結合しその機能を発現する.喫煙による内皮細胞障害時には,後に血管の項で述べるように結合分子の減少により血栓傾向が強まることになる.
2.線溶系とその調節因子
線溶系は,血管障害部位修復後に不要になった止血血栓を除去するだけでなく,過剰に産生される血栓を常に溶かし続けることにより血管の開存性維持に関わる.したがって線溶活性およびその発現能力の低下は血栓症のリスクとなる.血管内の線溶活性の発現に関わるのは組織型プラスミノゲンアクチベーター(t-PA)であり,その活性,並びに総合的な線溶ポテンシャルは特異的インヒビターであるPAインヒビター1型(PAI-1)との量的バランスで決まる.PAI-1量は,生理的因子により血漿中濃度が変化するとともに,メタボリック症候群や,感染,炎症等の病的因子により増加し線溶活性発現ポテンシャルを低下させる.常習喫煙者は,過去に喫煙歴を有する非喫煙者あるいは有さない非喫煙者に比較して有意に血漿中PAI-1濃度が高いという報告がある2).これには,常習喫煙者では総コレステロール,LDLコレステロール並びに中性脂肪が高いという事実も関連すると考えられる2).常習喫煙者における中性脂肪とPAI-1活性の高値はほかにも報告されており5)血栓傾向に関わると考えられるが,有意な変化は認めないとする大規模研究もあり5),いまだ結論は得られていない.
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。