血栓症に関するQ&A PART6
1.成因・危険因子 Q3 HMGB1と血管形成について教えてください
血栓と循環 Vol.19 No.1, 19-20, 2011
Answer
はじめに
外来微生物の侵略があった場合,もしくは組織の損傷があった場合,生体は非常事態体制をしき,この危機を乗り越えようとする.まず,感染を察知した免疫細胞,もしくは組織の損傷に伴って壊死した細胞は,アラーミンを放出することによって周囲に非常事態宣言をする.次に,これを受けた周囲の細胞は,炎症,免疫,組織修復のプログラムを立ち上げる.その結果,当該部位には救援細胞や救援物資が集められ,防衛活動や復旧活動が進められる.このように,アラーミンは生体防御的役割を担っているのだが,その一方で,大量のアラーミンが全身を循環すると,全身性炎症反応症候群(SIRS)や播種性血管内凝固症候群(DIC)が引き起こされる.
アラーミンとは?HMGB1とは?
炎症という概念は古くから知られている.古代ローマ時代の医学者Celsusは,熱感,発赤,腫脹,疼痛という急性炎症の四徴候を記述している.それから永らくの間,炎症は生体にとって有害なものと考えられてきたが,十九世紀末,後のノーベル賞学者Metchnikoffは,炎症が宿主の受け身の反応ではなく,自身の身を護るための能動的なプロセスであることを報告している.急性炎症は,生体にとっての非常事態体制なのである.
では,生体はどのようにして非常事態を認識しているのだろうか.これまでに2つのモデル(strangerモデルとdangerモデル)が提唱されている(図1).
その1つ,strangerモデルにおいては,外来微生物(stranger)が生体内に存在している状況を非常事態と捉え,外来微生物の構成成分を認識した免疫細胞が非常事態宣言を発令する.一方,dangerモデルにおいては,物理化学的ストレス(danger)によって細胞が壊死している状況を非常事態と捉え,壊死細胞から漏れ出てくる細胞内成分が非常事態を伝えるメッセージとなる1).このように,感染と組織損傷という二大非常事態に際して細胞内から放出され,周囲の細胞に非常事態を知らせ,炎症をはじめとした生体防御反応を立ち上げる分子を総称してアラーミンと呼ぶ(図1).
High mobility group box 1 (HMGB1)は代表的なアラーミンである.HMGB1は細胞の核内に豊富に含まれている蛋白質で,核内においては転写を調節する働きを担っている.その一方で,細胞がダメージを負うと細胞外に漏れ出てきて,標的細胞の受容体に結合することで炎症反応を増幅する2).マクロファージをはじめとした一部の免疫細胞は,活性化に伴い,能動的にHMGB1を分泌することもできる(図1).重症敗血症患者では血中のHMGB1濃度が高値を示し,エンドトキシン血症マウスのHMGB1を中和するとこれらのマウスを救命できることから,近年,HMGB1は致死性因子としても注目を集めている3).また,播種性血管内凝固症候群(DIC)モデルラットにおいては,HMGB1が不可逆的で致死的な多臓器不全を引き起こすことも判明している4).
DAMPsの本来の役割は,生体防御である.組織傷害が起こった際に,その非常事態をしのぎ,組織再生へと導く手はずを整えるのである.しかしながら,傷害局所では生体防御的役割を果たすHMGB1も,大量に放出されて全身を巡るようになると致死性因子へと様変わりしてしまう.これは,生体防御的役割を担う血液凝固反応が,全身に播種されるとDICになるのと同様である.
HMGB1と血管形成
HMGB1は炎症反応だけでなく,組織再生反応も立ち上げる5).そして,組織再生の足がかりとなる血管形成にも関係している.
マウスの下肢虚血モデルでは,虚血組織においてHMGB1発現が亢進し,これによって血管新生が促される6).また,糖尿病マウスの下肢虚血モデルでは,健常マウスほどのHMGB1発現増強が認められず,これによって血管新生が減弱している7).これらの下肢虚血モデルでは,内因性のHMGB1を中和すると血管新生が抑制され,外因性にHMGB1を投与すると血管新生が増強される.HMGB1は血管内皮細胞の増殖,遊走,枝分かれを直接的に活性化したり8),また,血管内皮細胞増殖因子(VEGF)を介してこれらの作用を発揮したりする7)9).
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