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医療と哲学

第59回 ともに唱歌・童謡を歌う国民だった頃―グリーフケアと日本人(3)―

島薗進

THE LUNG perspectives Vol.26 No.4, 94-97, 2018

2017年9月に開催された日本スピリチュアルケア学会の日野原重明先生追悼の集いでは,「故郷」とともに「赤とんぼ」も演奏された.三木露風作詞,山田耕筰作曲で1921年に作られたこの歌は,「うさぎ追いしかの山」から始まる「故郷」のような「唱歌」ではなく,「童謡」のカテゴリーに分類されるものだ.

夕焼け小焼けの 赤とんぼ
負われて見たのは いつの日か
山の畑の 桑の実を
小籠に詰んだは まぼろしか
十五で姐やは 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた
夕やけ小やけの 赤とんぼ
とまっているよ 竿の先


これは幼児の頃を思い出し,いのちの揺籃ともいうべき,今では遠ざかったその過去の環境を懐かしんでいる歌だ.辛いほど悲しいとか,取り返しがつかない喪失を嘆いているというのではないが,失われた親しみ深い過去の環境への郷愁,あるいは望郷の念が基調となっている.
童謡というジャンルは,1918年に『赤い鳥』が創刊されて生み出され,1920年代の終わり頃まで次々とヒット曲が生み出された.大正期と昭和初期が主な創作時期である.「上から教える」要素が色濃かった「唱歌」に対して,童謡は子どもたち自身が親しみやすい言葉で,また子どもたち自身が面白いと感じるような意味内容が語られていた.唱歌は文語がしばしば混じり,子どもたちには意味がわかりにくい言葉も多いが,童謡では話し言葉に近く,擬態語・擬声語が多様され,言葉遊びも好まれた.葛原しげるの「夕日」(1921年)に「ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む」とか「まっかっかっか空の雲」とあるのはわかりやすい例だ(金田一春彦『童謡・唱歌の世界』主婦の友社,1978年,講談社文庫,2015年).

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

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