医療と哲学
第58回 「喪の仕事」と宗教文化―グリーフケアと日本人(2)―
THE LUNG perspectives Vol.26 No.3, 92-94, 2018
今,グリーフと呼ばれているものが医療や心理学で重要なキーコンセプトとなることを示したのは,精神分析の創始者,ジークムント・フロイトだ.1917年にフロイトは「喪とメランコリー」という論文を発表している(フロイト著作集6,東京;人文書院:1970年).死別の悲しみに耐える「喪」は英語で「モーニング(mourning)」という.日本語で「喪」というと,お通夜や葬式に着ていく「喪服」とか,年賀状の代わりに出す「喪中」の葉書を思い起こす.監督や同僚などが亡くなったとき,スポーツ選手が「喪章」を着けて試合に臨むのも目にしたことがあるかもしれない.
「喪」は死者を悼み,その気持ちを形にして表し,自らの行為を慎むことを意味する.そこで「喪に服する」という表現がある.国旗などを高く掲げずに,途中の高さに掲げるのを「半旗」を掲げるといい,喪に服していることを示す.近年では喪に服することをはっきりと示す機会が減ってきているが,形に表さなくても気持ちでは喪に服しているということもある.賑やかな場には出ていかない,仏壇に線香を絶やさないようにするなどということもある.
「喪」というのは外的な形にとどまらず,内面,つまり心の内側でも何かを行っているとするならば,それは何か.フロイトはそれを「喪の仕事」と呼んだ.英語の「グリーフ」や「モーニング」にあたるドイツ語は「トラウエル(Trauer)」だが,「喪の仕事」にあたるドイツ語は「Trauerarbeit」だ.「喪の仕事」は「悲哀の仕事」「悲嘆の仕事」ともいえる.英語に直すと「グリーフワーク」となる.様々な喪失に伴う悲嘆の仕事のうち,特に死別による喪失の後のものが「喪の仕事」ともいえる.大切な人を亡くした人は,その人に向けられた自分の心のエネルギーを捉え返しながら,その向かっていく対象の喪失を受け入れていく.
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。