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医療と哲学

第57回 日本人の死生観と今求められるグリーフケア

島薗進

THE LUNG perspectives Vol.26 No.2, 88-91, 2018

日本の大学でその名に「グリーフケア」を掲げている機関は,上智大学グリーフケア研究所だけだろう。その上智大学グリーフケア研究所は2009年に聖トマス大学に設立され,翌年,上智大学に移管されたものである。設立の背景には,2005年に起こったJR西日本福知山線の脱線事故があった。それに先立つ1995年の阪神淡路大震災の記憶も関西の人々の心に残っていた。関東では2011年の東日本大震災によって,グリーフケアという言葉が急速に広まるようになった。
2009年は滝田洋二郎監督,小山薫堂脚本,本木雅弘主演の映画「おくりびと」が第81回アメリカ・アカデミー賞外国語映画賞を受賞した年である。「おくりびと」とは死者の顔やからだを美しく整え,あの世への旅立ちの装束をつけて棺に納める仕事を請け負う業者を指すものだ。作品では,「おくりびと」が行う「死」の儀礼の描写が,反復されるハイライト・シーンになっている。死のタブーを背負わされ,社会の片隅に追いやられがちな存在がヒーローとなる。死を正面から見つめることが促されていると解釈するのは自然である。

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

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