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いま振り返る研究の日々

第16回 患者は臨床研究の原点(その2)

川上義和

THE LUNG perspectives Vol.26 No.2, 84-87, 2018

慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;COPD)の危険因子に家族性因子があることを以前,本連載にて紹介した(2017年冬号~夏号)。そのきっかけがα1- アンチトリプシン欠乏症の家系であることも触れた。ここでは,COPDの外因としての喫煙習慣の重要性を認識させられた1例をまず紹介したい。
受診時35歳の男性。体動時息切れが強く,聞くと小児期から気管支喘息と診断されていたが,放置。28歳時,感冒に罹患した時に肺気腫と診断されている。30歳頃から歩行時の息切れを自覚。以後,次第に息切れが増強し精査のため受診した。家族歴では父が気管支喘息。驚いたことに9歳頃から喫煙を始め,14歳頃から20本/日となった。入院時の身体所見は痩せ型,爪床にチアノーゼあり,呼吸数32/分,ビヤ樽状胸郭,腹式呼吸,横隔膜の呼吸性移動はわずか,Hoover徴候あり,肺は鼓音を呈し心濁音界不明,呼吸音の減弱,呼気延長……,ここまで書くと「もうわかった」と手を上げる学生が多いと思う程に,典型的肺気腫の身体所見である。胸部レ線写真は縦長肺,肺野の透過性亢進,横隔膜低位など肺気腫に典型的な画像所見で,当時大学病院などで行われていた選択的気管支肺胞造影(selective alveolobronchography;SAB)では汎小葉性肺気腫像だった。呼吸機能は,スパイロ,フローボリューム曲線,クロージングボリューム,換気力学のどれをとってもこれまた典型的肺気腫のパターンで,動脈血酸素分圧(PaO2) 62mmHg,動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2) 51mmHg,pH 7.33と既にⅡ型呼吸不全を呈していた。平均肺動脈圧は18mmHgと正常範囲。血清タンパク融解酵素のα1-アンチトリプシン,α2-マクログロブリン,アンチトロンビンⅢはいずれも正常範囲にあった1)
タンパク融解酵素の欠乏がなく,少年期からの長期にわたる喫煙歴があったことから,既に呼吸不全状態になっている肺気腫の原因として喫煙習慣が最も重要と確認した貴重な患者だった。この患者の父に「気管支喘息」があったとのことなので,家族調査が必要だったかもしれないが,その機会はなかった。

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

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