医療と哲学
第45回 会話における協調原理が破られるとき
THE LUNG perspectives Vol.22 No.4, 91-94, 2014
コミュニケーション学は,米国で100年,日本で50年の歴史を有する社会科学の一領域である。医学同様,実験・調査・観察などの手法を用いて実証研究を行い,その知見に基づき「人々が記号のやりとりを通じて『現実』を創り出す過程」に関する理論を構築する。その中の一つに「会話とは基本的に協調的な行為であり,話者はその目的や方向性に沿った発言をする」というポール・グライス(Paul Grice)の「協調の原理」(the cooperative principle)がある。グライスは,この原理に従って会話を進める際に拠となる格率を,カントに倣い「量」「質」「関係」「様態」の4種類に分類した1)。会話の「原理」というと,エチケットやマナーのような「ルール」と思われがちだが,グライスの理論の真の有用性はそこにはない。むしろ「ルール通りに進まない会話」の考察を通じ,会話の本質に迫るための思索の道具と考えるのがふさわしい。そこで本稿では,これらの格率を紹介すると共に,医療現場での会話において協調原理が守られない例を取り上げ,背後に潜む要因とその対策を論じる。
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。