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特集 循環器疾患を見据えた糖尿病治療戦略

臨床 糖尿病薬は循環器治療を変えるか メトホルミン(わが国と欧米における位置づけも含めて)

田中敦史野出孝一

CARDIAC PRACTICE Vol.29 No.3, 35-39, 2018

メトホルミンなどビグアナイド薬の歴史は非常に古く,多くのエビデンスに裏打ちされた確固たる糖尿病治療薬である。しかしそこに至る経緯は平坦なものではなく,代表的な副作用である乳酸アシドーシスとの関連が指摘されたことを契機に,いくつかのビグアナイド薬が市場から姿を消し,処方頻度が大きく低迷した時代があった(そうだ)。その後,メトホルミンの安全性・有効性に関する複数の報告が相次ぎ,現在は欧米諸国においてメトホルミンが糖尿病治療薬の第一選択であることは周知の通りである。そのため,糖尿病治療薬に関する近年の多くの臨床研究は,メトホルミンをすでに内服中の糖尿病患者に対してある特定の薬剤を上乗せした際の効果を検証する試験デザインが中心となっている。事実,わが国で頻用されているDPP-4阻害薬であるシタグリプチンを用いた心血管アウトカム試験であるTECOS試験1)では,80%超の症例にメトホルミンが投与されており,またSGLT2阻害薬であるエンパグリフロジンを用いたEMPA-REG OUTCOME試験2)においても70%超と高頻度であった。その一方で,わが国における糖尿病治療薬の使用方法は必ずしも欧米と一致しているわけではない。日本糖尿病学会の糖尿病治療ガイドでは,横並びの全糖尿病治療薬の中から患者の背景や病態に応じて薬剤を選択することが推奨されている3)。われわれが2016年に報告した日本人2型糖尿病患者におけるシタグリプチンの頚動脈内膜中膜複合体厚(intima media thickness:IMT)に対する効果を検証したPROLOGUE試験4)では,メトホルミンの投与率はおよそ15%と欧米の使用実態とは大きく異なっていた。特に循環器診療においては,メトホルミンが心不全症例で原則投与禁忌である点や,心臓カテーテル時のヨード造影剤による乳酸アシドーシスの誘発リスクが懸念されている点などのため,循環器科医にとって使用しづらい印象があるのも事実であろう。むしろ近年の新規糖尿病治療薬を用いた複数の心血管アウトカム試験の結果を受け,特に循環器疾患の抑制を見据えた糖尿病治療戦略は大きな変革期を迎えようとしており,各糖尿病治療薬のポジショニングも変わろうとしている。そのような中で,本稿ではメトホルミンの作用機序と代表的な臨床試験の結果を振り返り,近年大きな注目を集めている糖尿病合併心不全におけるメトホルミンの使用に関する欧米とわが国の現状についても言及し,循環器疾患の抑制を見据えた糖尿病治療戦略におけるわが国でのメトホルミン使用について考えてみたい。
「KEY WORDS」インスリン抵抗性,UKPDS,心不全

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

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