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目でみるページ Cardiovascular Pathology

Fatty heartと糖尿病

加藤誠也

CARDIAC PRACTICE Vol.29 No.3, 7-11, 2018

心臓の脂肪変性(lipid degeneration)が顕著な場合,肉眼病理学的にも脂肪心(fatty heart, cor adiposum)として観察され,黄色の脂肪変性組織と背景の暗赤色調の心筋組織の対比から虎斑心(tiger spotted heart, tigroid heart)とも呼ばれてきた。古くは感染症,中毒,低酸素血症,代謝障害,肝疾患,貧血などによるfatty heartが記載されている1)。畜産県における流行が時に大きな問題となる口蹄疫(foot-and-mouth disease)では,若い家畜ははじめにしばしば心筋炎で死亡するが,この際には古典的な虎斑心が観察されるという2)。齧歯類におけるウイルス性劇症型心筋炎による高度の炎症細胞浸潤と心筋の変性,融解壊死の結果とされるが,ヒトの劇症型心筋炎の剖検例でもさほど虎斑心との印象は受けないし,そもそも近年のわが国の診断病理学の現場ではfatty heartなる言葉自体が忘れ去られているといっても過言ではない。19世紀の偉大な細胞病理学の父,Rudolf Virchowは心臓の脂肪変性には2通りあると記載している3)。一方は心筋周囲の間質における脂肪組織の生成(adipogenesis)であり,たとえばメタボリックシンドロームの際に増加する心外膜脂肪組織が,異所性脂肪として冠動脈硬化を促進するサイトカインのソースになる可能性が指摘されてから久しい4)。いわば心臓の肥満である。しかしながら,Virchowはもう一方の脂肪変性の様式,すなわちサルコメア(筋節:sarcomere)を構成する筋原線維自体に脂肪滴が蓄積するもの,すなわち心筋実質への脂質の沈着を筋質の機能低下を伴う本質的な心筋脂肪変性,脂肪メタモルフォーゼであると述べている3)。心筋脂肪変性は過去,数百年にわたり漠然と非特異的な退行変性あるいは代謝の不活性化によるものとされ研究対象とされることも稀であった5)。ところが,近年の疾患モデル動物の解析やヒトにおいてもMRIなどのモダリティの活用により,糖尿病における心筋脂肪沈着症(cardiac steatosis)やその心不全病態における脂肪毒性(cardiac lipotoxicity)の関与を指摘する報告が相次ぎfatty heartを見直す契機が訪れている。今回は,糖尿病でインスリン治療歴のある高齢女性の剖検例にみられた心筋脂肪変性を中心に供覧しよう。

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

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