冠動脈は中型の筋性動脈(medium-sized muscular artery)で内膜(intima),中膜(media),外膜(adventitia)の3層構造を示す。粥状硬化症(atherosclerosis)は内膜における粥腫(atheroma)の形成に特徴づけられる組織病変で,内膜肥厚の進展と病変部の血栓性崩壊が急性心筋梗塞の主因であることはいうまでもない。Stary分類でも組織学的に脂質,細胞成分,細胞外基質の蓄積あるいは石灰化によって内膜の肥厚,再構築や修復,ひいては血管壁構造の変形がみられるものが進行病変(advanced lesion)であると述べており,冠動脈イベントにつながる病変である1)。中膜では血管腔を円筒状,螺旋状にとり囲む平滑筋細胞と介在する膠原線維,弾性線維,プロテオグリカンなどの細胞外基質の層が血管壁の基本構造を形成しているが,弾性型大血管である大動脈に比して平滑筋成分が優位で弾性線維が少ない。外膜は通常,中膜の半分程度の厚さで,やはり血管壁長軸に沿って,かつ円筒状にとり巻く膠原線維を中心に少量の弾性線維や細網線維を含む領域で,血管の栄養血管(vasa vasorum)を構成する小動脈や毛細血管の吻合,神経やリンパ管が分布する疎性結合組織である。これらの3層構造は内弾性板,外弾性板で境され,健常な血管組織では容易に識別できる2)
20世紀後半から引き継がれてきた病理学的な動脈硬化研究も新生内膜(neo-intimal lesion)の形成機序に主眼が置かれてきたが,世紀の変わり目頃にはおおむね種々の血管傷害因子や脂質沈着に起因する慢性炎症(chronic inflammation)の一型としての理解に帰着した3)。並行して急性冠症候群(acute coronary syndrome;ACS)の発症機序の解明も進み4),内膜を舞台とした粥状硬化の発症から器質的病変の成立,合併症に至る過程についても従来の病理学総論,すなわち炎症と組織修復,血栓性機序の枠組みの中でかなり理解できるようになった。一方,中膜や外膜の病変形成や病態との関わりについては不明な点が多く残されている。たとえば冠攣縮(coronary vasospasm)は,安静狭心症をはじめとする種々の病型の虚血性心疾患と関連し,欧米に比してもわが国の実臨床で重要な病態である5)6)。中膜平滑筋層の過収縮によってもたらされる病態が臨床的に心電図や心臓カテーテル検査などで捉えられるものであっても,病理標本になると,かえって対応する組織所見を見出すことが難しい。今回は冠攣縮の関与が疑われた症例について供覧し,中膜や外膜,vasa vasorumの病理所見にも目を向けてみよう。