リレーエッセイ:MENTORING―Message to Next Generation
心不全の治療の進歩と共に歩む
CARDIAC PRACTICE Vol.22 No.1, 90-91, 2011
心不全は心疾患の末期状態
卒業後半世紀が過ぎました。この間心不全を中心に診療・研究をしてきました。卒業当時は「心不全は心疾患の末期の状態」と考えられ,予後を良くすることができるとは夢にも思っていませんでした。当時の治療としてはジギタリスの急速飽和が主流で,利尿薬も副作用が多く使いにくく,急性心不全の患者に瀉血もしていました。
ループ利尿薬の登場
サイアザイド系に次いでループ利尿薬が開発されて,心不全もかなり治療しやすくなりました。このため心不全の治療を利尿薬に頼る傾向が強く,水分制限も厳格で,重症患者では1日水分摂取量は600~800mLが普通でした。後に神経内科の専門医から,脱水で脳梗塞を多発させていると指摘され,方針を修正するまで続きました。
一方,大量を長期間用いていると,利尿薬が効かない低Na血症を伴った難治性心不全が出現します。水分制限を極端に指示すると,患者は水枕や花瓶の水まで飲んでしまいます。Naを補給しようと生理的食塩水を点滴すると,心不全が悪化して死亡してしまいます。思い悩んで,どんな病態なのかと体内の全水分量と全塩分量をアイソトープを用いて測定したところ,全塩分量は正常範囲で,全水分量のみが過剰なことが分かりました1)。利尿薬では体内に過剰に溜まった水分量を排泄できないのです。このため,腎臓内科の先生と相談して人工透析で除水したところ,体重が減少し,血清Na値も正常化し,喉の渇きも和らぎ,心不全状態が改善できました。きわめて弱った心機能なので,通常の透析では耐え難い患者も多く,限外濾過(ECUM)が良いことも知りました2)。
強心薬の開発
少し後に,新しい強心薬が次々と開発され,われわれもいろいろと試して,その有効性を発表していました。1つは静注用のカテコラミンで,ドパミンとドブタミンによって急性心不全の治療がしやすくなりました。これらのカテコラミンで急性心不全を治療し,改善すればジギタリスに換えれば良くなり,ジギタリスの急速飽和の必要がなくなりました。
ジギタリスに代わる経口強心薬も次々と開発され,どれも心不全症状や血行動態指標を良くするので,その将来を期待しました。ところが,ミルリノンという経口強心薬の大規模臨床試験で,ジゴキシンより予後が悪いとの報告が示され驚きました。この試験のもう1つの産物は,ジゴキシンが運動耐用能を改善することを証明したことです。ジギタリスは200年以上前から心不全の治療薬として用いられてきましたが,有効性を示すデータがなかったのです。その後,ジゴキシンは心不全の悪化・入院を減らすこと,全体としての予後を改善できなかったが,悪くもしなかったことが示され(DIG),今でも経口強心薬の中で最も信頼できる薬だと思っています。
この論文が出た頃,心筋のミオシンの研究をしていました。心不全で死亡した患者の中に,エネルギー効率が悪いミオシンが多数発現している症例がいることを見つけました。初めは心不全の成因を解明できたと喜んだのですが,エネルギー効率が悪いミオシンは死亡前に多量のカテコラミンを用いた症例で発現しており,使用量が少ない症例では正常と変わらないことを知りました3)。この時点から,強心薬は必要な時に,できるだけ少なく,短く用いるように心掛けるようになりました。
ACE阻害薬とβ遮断薬
この頃から血管拡張療法が試されだし,ニトロ系の静脈を拡張する薬を用いると,体循環系の静脈が拡がり水分を保持してくれるので,肺循環の圧が下がり,左心不全の症状が良くなることを知りました。また心不全・心原性ショックでは,末梢動脈が締まっていて,弱った心臓にはこの後負荷に抗して血液を駆出することが困難で,心拍出量を減らす要因の1つになっていることを知りました。このことを知ってから,個体維持のために,弱った心臓に鞭を打って無理に働かせると,心臓はさらに弱まるので,それよりも血管拡張薬で締まった動脈を開き,抵抗を低くして心拍出量を増やした方が良いと考えるようになりました。
この時に試した血管拡張薬の中に,ACE阻害薬があります。血管拡張薬として有効なことを証明して発表しましたが,その直後に2つの驚くべき論文が出されました。1つは,強心作用がないのにACE阻害薬によって運動耐容能が改善されるとの論文が出たことです。さらに驚いたのがACE阻害薬によって,NYHA 4度の重症心不全の予後が大幅に改善されることが発表されました(CONSENSUS)。その後ACE阻害薬,ARBは心機能の悪化を抑制し,予後を良くすることが,多くの大規模臨床試験で証明されました。
さらに驚いたことは,今まで心不全に禁忌とされていたβ遮断薬によっても,心機能が改善し予後も良くなることがわかったことです。ACE阻害薬,ARB,β遮断薬の使用が普及すると共に,心臓移植が必要な患者が減ったことを目の当たりにして,隔世の感があります。しかし,すべての心不全患者を救えるわけでなく,心臓移植が必要な患者は確実に残っていますが,日本ではドナーが少なく,他国に頼っており心苦しく思っています。
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。