炎症と栄養
大腸癌患者における炎症としての癌悪液質とエイコサペンタエン酸
栄養-評価と治療 Vol.28 No.3, 21-24, 2011
SUMMARY
当科で経験した大腸癌患者の術前血清C反応性蛋白(CRP)値,アルブミン値を基に新しい栄養評価分類法を考案し,癌悪液質を評価した。その結果,炎症反応が亢進している患者は,生存率が低下した。一方,エイコサペンタエン酸(EPA)は抗炎症作用がある物質として注目され,免疫補強栄養素として経腸栄養剤に含有されている。今回われわれは,大腸癌患者に対するEPAの必要性について考察した。
KEY WORDS
■ 癌悪液質 ■ 免疫栄養療法 ■ サイトカイン ■ C反応性蛋白(CRP) ■ エイコサペンタエン酸(EPA)
Ⅰ はじめに
現在一般的に受け入れられている「癌悪液質」の定義は,「脂肪と骨格筋の両方が消耗することを特徴とし,多くは体重の10~20%が失われ,集学的治療に対する反応も低下する癌の終末期病態」である。「癌悪液質」が終末期患者の病態であるとする画一的な理解から,栄養療法と同時に積極的な集学的治療が施されてこなかった。もし,癌悪液質が集学的治療を要する比較的早い臨床病期から存在し,しかもその予後を規定する重要な因子であるならば,癌悪液質を標的とする栄養療法が生存期間を有意に延長させるはずである。
一方,ω3系多価不飽和脂肪酸(polyunsaturated fatty acid;PUFA) のなかでも,エイコサペンタエン酸(eicosapentaenoic acid;EPA)は,抗炎症性作用について1980年頃より多くの研究がなされ,近年では,いわゆる免疫補強栄養素として経腸栄養剤に含有され,臨床的に使用されるようになった。
EPAの抗炎症作用のメカニズムとして,EPAから産生されるエイコサノイドは抗炎症性に働きやすいことが関与していると考えられている。その後の多くの研究により,EPAはプロスタグランジンE2や,インターロイキン-6(interleukin-6;IL-6),腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor;TNF)産生を抑制することがわかってきた。最近になって,EPAからレゾルビンなる物質が産生されることがわかり1),積極的な抗炎症作用物質としても注目されている。そして現在,EPAを豊富に含む「プロシュアTM」(アボットジャパン社製)が開発され,注目されている。今回われわれは,これまで行ってきた癌分子生物学的研究のデータを基に「癌悪液質」を客観的に評価分類した。さらにその分類に基づいて癌患者の生存期間を延長できる,EPA配合栄養機能食品を用いた栄養療法のストラテジーを提案したい。
Ⅱ 新しい予後指標を用いた「癌悪液質」の評価と実際の臨床成績
「癌悪液質」という病態の形成には,IL-6やTNFを代表とする炎症性サイトカインが大きく関わっている。われわれは,これまでに大腸癌において以下のことを明らかにしてきた。①癌組織はIL-6を産生し,宿主の筋蛋白を崩壊させ,自らの増殖のためのエネルギー源とする。②宿主が低栄養になると,癌組織は増殖を維持するために血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor;VEGF) をIL-6 経由で産生し, 腫瘍血管をさらに新生させ,自らの微小環境を整える。③低栄養の患者に手術侵襲を加えると,栄養状態が良好な患者に比べ術後1週以内の筋蛋白崩壊量は数倍に達し,術後合併症の原因となる。④ある種の遺伝子変異をきたした予後不良の大腸癌では,癌が産生するIL-6に対するネガティブ・フィードバック機構が癌局所・宿主全身においても破綻しており,癌組織のIL-6産生を負に制御できなくなる悪循環に陥っている2)。そして,癌組織中で活発に産生されているIL-6と最もよく相関しているのは血中のC反応性蛋白(C-reactive protein;CRP) である。すなわち,癌悪液質の本体である,腫瘍-宿主相互反応において最も重要な役割を果たしているのは癌組織が産生するIL-6であり,血中CRP値が癌悪液質の本体を客観的に表しているのである3)。
以上を基に,血中CRP値と栄養学的指標(血中アルブミン値,リンパ球数,術前体重減少率)との関連を大腸癌患者300名で検討したところ,血中アルブミン値が血中CRP値と最も強く負に相関していることが判明した(r=-0.411, p<0.0001)。そして,ROC分析でCRP, アルブミンの各カットオフ値を0.5mg/dℓ,3.5g/dℓとし,その結果を基に癌患者の栄養状態を以下の4群に分類した。すなわちA群(CRP陰性かつアルブミン値正常)は健常人のパターンに属するグループで,B群(CRP陰性かつアルブミン低値)は通常の低栄養のパターンであり,C群(CRP陽性かつアルブミン値正常)は癌悪液質準備状態であり,D群(CRP陽性かつアルブミン値低値)は癌悪液質が完成した患者のグループである。
図1は,大腸癌の各臨床病期に,A~D群が実際どの程度含まれているかを示したものである。
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。