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基礎講座 ゲノミクス・プロテオミクス・メタボロミクス

Ⅱ プロテオミクス プロテオミクスを用いた糖尿病診断マーカーの探索

鏑木康志

Diabetes Frontier Vol.22 No.4, 429-433, 2011

はじめに
 糖尿病は国内外で急増しており,国際糖尿病連合(IDF)の2010 年の発表によると世界の糖尿病有病数は2億8,500万人と全人口の6.4%を占めている。また,世界の糖尿病患者は2030年には2010年の50%以上増の4億3,800万人と推計されており,発展途上国を含む全世界で脅威になっている。

Key Words
糖尿病 細小血管症 プロテオミクス バイオマーカー 質量分析

はじめに(続き)

日本においても近年糖尿病を含む生活習慣病は急増しており,厚生労働省の2007年国民健康・栄養調査では糖尿病有病者は890万人と5年前の調査と比較して20%以上も増加しており,また糖尿病予備軍[HbA1c(JDS値)5.6%以上]を含めると2,210万人と5年前との比較では30%以上の増加となっている。さらに,糖尿病罹患者では腎症,網膜症,神経障害といった糖尿病に固有な細小血管症が出現し,2009年の統計では糖尿病性腎症が原因の透析導入患者数は年間約1万6,400人と透析導入原因疾患の44.5%を占め,糖尿病網膜症からの失明患者は年間3,000人と失明原因の2位,糖尿病性壊疽による下肢切断の原因となる糖尿病性神経障害も糖尿病患者の1/3以上と,糖尿病性合併症による健康障害は国民健康上大きな問題になっている。これらの合併症は進行するまで自覚症状を伴わないため,糖尿病合併症の病期や予後・進行性などを的確かつ簡便に診断可能な診断指標(バイオマーカー)が開発されれば,糖尿病合併症の予防,早期治療に有用であり,その意義は高い。本稿では,プロテオミクスの手法を用いた糖尿病診断マーカー,特に糖尿病合併症マーカーの探索研究の現状および今後の方向性について概説する。

Ⅰ 糖尿病とバイオマーカー

 バイオマーカーとは尿や血清などの生体試料中にある物質で,生体内の生物学的あるいは病理学的プロセスを定量的に評価可能な指標である。また,疾患治療におけるエンドポイントである患者の死亡,疾患によるイベントなどの発生可能なバイオマーカーはサロゲート(代用)マーカーと呼ばれ,有用なサロゲートマーカーを用いれば臨床試験にかかる時間および費用を節約することが可能となるため,その開発には大きな意義がある1)2)。
 糖尿病の診療においては,血糖,HbA1cが血糖コントロールの指標となるバイオマーカーとして広く用いられている。これらのバイオマーカーと糖尿病性細小血管症の関連性については,過去の多くの大規模臨床研究によって糖尿病合併症の発症および進行が長期の血糖コントロールと強い関連性があることはすでに明らかになっている3)4)。ところが,個々の患者において糖尿病合併症の有無あるいは進行するか否かを予測可能な血清あるいは尿マーカーは現時点では存在しない。たとえば,糖尿病性腎症では微量アルブミン尿が腎症の病期判定に使われており,微量アルブミン尿を呈する場合は腎症第2期と診断される。ところが,1型および2型糖尿病のいずれにおいても6年間の追跡調査の結果では,微量アルブミン尿から正常化する患者が40~50%を占めており,微量アルブミン尿は糖尿病性腎症のサロゲートエンドポイントとはなりえない5)6)。

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