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糖尿病と癌

糖尿病と肥満,生活習慣と癌との関係

中村正裕山内敏正門脇孝

Diabetes Frontier Vol.22 No.1, 31-34, 2011

はじめに
 糖尿病と癌は健康にともに大きな悪影響を及ぼす一般的な疾患であり,糖尿病患者は多くの癌において有意に高い発症リスクがあることが知られている。また内臓脂肪の蓄積を基盤とし,耐糖能異常,脂質異常,高血圧などの代謝異常を伴うメタボリックシンドロームや肥満は循環器疾患の発生を増加させるだけでなく逆流性食道炎や非アルコール性脂肪肝疾患などの良性疾患のみならず,諸種の癌のリスクを高めることも明らかにされている。
 今のところ糖尿病や肥満と癌については多くのリスクファクターを共有していることが明らかになっているが,おのおのをつなぐ生物学的な関係はまだ解明しきれていない。本稿では,肥満やインスリン抵抗性の有無と癌との関係を考える上で重要であると考えられる知見について疫学研究を中心に触れてみることとする。

key words
糖尿病/肥満/罹患率/癌

Ⅰ.糖尿病と癌

 糖尿病と癌はどちらも世界中で罹患率が増えている疾患である。癌登録制度がない地域もあるため推計ではあるが,2008年には世界中で1,240万人が新規癌患者と診断されている1)。主によく診断される癌は肺/気管支癌,乳癌,大腸癌であるが,癌死の主な原因は肺癌,胃癌,肝癌である。米国で診断される癌は男性では前立腺癌,肺/気管支癌,大腸癌であり,女性では乳癌,肺/気管支癌の順となっている2)。日本では,男性が胃癌,大腸癌,肺癌,前立腺癌の順,女性では乳癌,大腸癌,胃癌の順である(2005年)3)。
 一方糖尿病については,世界の20~79歳のうち2億8,500万人(6.6%)が糖尿病と推計されている4)。2007年米国では20歳以上の10.7%が糖尿病と診断されており,毎年160万人が新規糖尿病患者となっている。このうちの95%が2型糖尿病である。日本においては2007年国民健康・栄養調査において20歳以上の「糖尿病が強く疑われる人」および「糖尿病の可能性を否定できない人」の合計はここ10年で1,370万人から2,210万人にも増加している。
 糖尿病と癌との関連が指摘されたのは1960年代の一般住民を母集団とした研究からで,近年はいくつかの研究を合わせたメタアナリシスが行われ5),いくつかの癌は(主に2型)糖尿病の患者でより高率に発生していることが示唆されたが,一方前立腺癌は男性の糖尿病患者において発症率が低かったことがわかっている。
 糖尿病によりリスクが約2倍以上になる癌としては肝臓癌,膵癌,子宮内膜癌,1.2~1.5 倍以上になる癌は直腸癌,乳癌,膀胱癌である。その他の癌(肺癌など)は糖尿病によりリスク増加するかはっきりしないもの,腎癌や非ホジキンリンパ腫のように評価が定まっていないものがある。わが国の研究では高血糖は胃癌の危険因子であり,またヘリコバクター・ピロリ菌感染による発癌リスクを上げる可能性のあるcofactorであるとしている6)。今のところ1型糖尿病と癌との関連についての研究はほとんどない。
 すべてではないものの,いくつかの疫学研究において,糖尿病は癌患者の死亡率を有意に上昇させている可能性が示唆されている7)。たとえば1つの研究では糖尿病をもつ乳癌患者は,糖尿病がない乳癌患者と比べ5年死亡率が有意に高かった(ハザード比1.39)ことが示されている8)。
 糖尿病が年齢調整超過死亡率と関連しているため,癌患者における糖尿病による超過死亡と,癌がない糖尿病患者超過死亡のどちらがより大きいかははっきりしない。前立腺癌患者と直腸癌患者においては,C ペプチド値を指標としたインスリン抵抗性が予後不良と関係していることが知られている9)10)。
 2010年米国糖尿病学会(ADA)と米国癌学会(ACS)がコンセンサス・レポート2)を発表しており,著者らは表2)のような要約と勧告を行っている。

Ⅱ.肥満と癌

 BMI 25kg/m2 以上の肥満については平均的BMI(18.5~25kg/m2)の人と比べ多くの癌でより高いリスクがあるとされている。わが国でも9万人を10年間以上追跡した大規模コホート研究「多目的コホートに基づくがん予防など健康の維持・増進に役立つエビデンスの構築に関する研究」の報告がある。女性ではBMI と発癌との間に関連性は認められなかったが,男性ではBMI > 30kg/m2,および< 21kg/m2で発癌率は高く,BMIによる評価では肥満者のみならず,非肥満者でも発癌リスクが上昇する傾向にあることを報告されている11)12)。
 肥満と常に関連が認められる癌は,乳癌(閉経後女性),大腸癌,子宮内膜癌,膵癌,食道腺癌,腎癌,胆嚢癌,肝癌である。肥満により前立腺癌の死亡率も増加する可能性も指摘されている9)。また体重増加はいくつかの癌,特に乳癌のリスクを増やすことが明らかになってきた12)。成人後の体重増加は脂肪組織の増加に反映されることが多く,全身の体脂肪量はBMI よりも癌のリスク評価の指標になりうる可能性がある。
 数十年来行われてきた研究により,肥満はインスリン抵抗性と2型糖尿病発症率のどちらにも強い相関が認められることがわかっており13),糖尿病発症リスクと糖尿病発症年齢の低下は肥満の程度と相関があるとされている14)。いくつかの研究においてはウエスト周囲径やウエスト/ヒップ比,また内蔵脂肪の直接測定がBMI とは独立に2型糖尿病だけでなく結腸癌のリスクと関係しているとされている15)16)。
 肥満と疾患との因果関係は体重減少がリスクを減らすというエビデンスにより,より強調される。糖尿病の場合,多くの研究で体重減少により糖尿病の発症率が下がり,有意に多くの2型糖尿病患者において血糖が正常化することが知られている。DPP(Diabetes Prevention Prigram)試験では,5~7%の体重減少を目指した強化食事療法・運動療法によりハイリスクの個人において糖尿病の発症率を58%低下させ17),体重減少が最も大きな寄与因子であった18)。加えて,体重減少は妊娠糖尿病のリスクを下げる可能性も指摘されている19)。
 体重減少と癌との関係はまだそれほど明らかではない。乳癌の研究では,体重減少の効果は弱いかほとんど認められていない。体重減少の定義や参照群が研究によって異なっており,比較することが難しい。体重減少群は少数になりがちで体重減少した女性の多くはその体重を1年以上維持することができていない。Nurses' Health Studyでは,4年間体重減少が持続した場合にのみ,体重減少と閉経後乳癌との逆相関が認められている20)。 体重減少と癌リスクの観察研究には多くのサンプルサイズと長期間のフォローアップ,また体重変化の注意深いモニタリングが必要となる。
 体重減少と癌リスクについての観察研究での懸念事項は,体重減少が診断されていない癌のサインかもしれないという点である。実際,癌リスクにおける体重減少の効果をみるランダム化比較試験は母数が大きくなることや,癌のエンドポイントが集積する前に糖尿病や心臓病の低下による保護効果のため早期に中止になる恐れもあり,実現可能でない可能性が高い。
 肥満症治療手術により達成できる有意な体重減少によってこの問題が明らかになる可能性があるかもしれない。しかしながら,最近のサマリー21)では癌発症率における肥満症治療手術の効果は限定的である。肥満症治療手術を受けた肥満女性が未治療の肥満女性と比べ癌リスクが低い(リスク0.58-0.62)という報告は3報あり,乳癌と子宮内膜癌に対する保護効果であるとされている。男性を含む2つの研究では肥満症手術と癌リスクの関連は認められていない2)。

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